enquete jeune 2
「みのちゃーん!文化祭で使うアンケート、できたよぉ!」
「かすみん。お疲れ。」
かすみは両脇に抱えた1000枚ほどのコピー用紙を、ドカンと音を立てて生徒会室のテーブルに叩きつけた。
来週に控えた文化祭。
今週は、我々生徒会にとって最も気が抜けない週。
「湯島生徒会長の承認貰ってぇ、岩淵副会長の承認貰ってぇ、あとは・・・」
「会計の私と、書記のかすみんのハンコ・・・でしょ?」
「あ、そっかそっか。みのちゃんって、ホント記憶力良いよねー。」
ほんわかとした笑みを浮かべながら、かすみは椅子に座って電卓を叩き続ける私の頭を撫でる。
「記憶力は、多分関係ないよ。どんな仕事も大体そうだし。」
さらりと言い放つ私の頬に、かすみがそっと口付ける。
「かすみん、学校ではダメって約束したでしょ。」
気を取られたせいで間違えた電卓のACキーを連打しながら、私は顔を上げる。
「だって、みのちゃんの真剣な顔ってカッコよくて、あたし大好きなの。」
しゅんとしたかすみは、なんだかただでさえ小さい背がさらに縮んだように見えた。
そんな仕草が可愛いと思うのは、多分好きだから。
そうでなかったら、天然ふわふわ娘の告白なんか受け入れたりしなかった。
「わかったから。終わってから、ね。」
「うん・・・」
仕方なさそうに、私が確認印を押した書類を手に次の仕事へと小走りで向かっていく。
「永江さん、当麻さん。お疲れ様。作業はどうかしら?」
突然開かれた扉から、凛とした声が入ってきた。
「あ、会長。お疲れ様です!」
直前までかすみと話していたことが脳裏に浮かんで、つい大きな声が出てしまった。
「永江さん、元気ね。そのタフさが頼もしいわ。」
ここ数日、会長は連日夜まで生徒会の仕事に追われていると聞く。
私たちを先に帰らせようと自分の分ではない仕事まで片付けていることは、本人が内緒にしているつもりでも
とっくに公然の秘密だった。
「会長、無理しないで下さいよ。もっと私たちも使ってくれていいんですからね?」
この人には、同じ学年であるにも拘らず丁寧語になってしまう。そういうオーラを感じるのだ。
「ありがとう。大丈夫よ。」
少しきつい言い方をしてしまったけど気遣いは通じたようで、会長はコスモスのような笑みを浮かべる。
それから少しの間だけ残り予算配分の進捗や状況の報告をして、会長はすぐに次の職員との打ち合わせに
出て行ってしまった。
さすがに疲れの色は隠せなくても、完璧超人はピンと背筋を伸ばして生徒会室を後にする。
「あの人は・・・すごいね。」
座ったまま見送った私がかすみを振り返ると、不機嫌そうに頬を膨らませてこっちを睨んでいるのに気づく。
「みのちゃん・・・湯島会長のコト、好きなの?」
持っていた書類をテーブルに置いて駆け寄るかすみの目が、今にも崩れてしまいそう。
何でそうなるのかは分からなかったけど、私はかすみを不安にさせてしまったようだった。
「なに言ってるの、かすみん。違うよ。」
かすみの左手を取り優しく両手で包み込むと、泣き出しそうな顔を私の肩に押し付けて抱きついてくる。
「だって、会長にはあんなに優しくして・・・あたしにはくっついちゃダメとか、ずるいよ・・・」
泣き出してこそいないけど小さく震える背中に、私は腕を回す。
「かすみん。好きと尊敬は違うよ・・・私が好きなのはかすみんだけ。信じてくれる?」
「じゃぁ、キス、して?」
上目遣いで私を覗き込むかすみが、さっき禁止したばかりの行為を促す。
でも、かすみがこれで信じてくれるのなら、私はそんな決まりなど簡単に破ってしまう。
「ん・・・」
唇を重ねると、どちらからともなく吐息が漏れる。
少し押し付けては離し、角度を変えて何度もかすみと唇を交わす。
「みのちゃん、好き。」
その言葉にうっすらと目を開け、私はもう一度だけ口づけて微笑む。
「私も・・・かすみん。好き。」
「じゃ、当麻さん。さっき預かった書類、ここに置いておきますのでお願いしますね。」
不意に会長の机の方から声がして、口から心臓が飛び出すところだった。
「ひゃっ!ふ、ふ、副会長!?」
飛び跳ねるように私の膝から身体を翻したかすみが、声の主を指差す。
「ふ、副会長、いつの間に・・・」
私がかすみに甘い態度を取ったばかりにとんでもない事になってしまったと、一気に血の気が引いていく。
「会長とすぐそこで擦れ違いました。書類に目を通しながら入ってきたから気付かなくて御免なさい。」
私たちより一つ学年が下であるにも拘らず、大人びた魅力で人気のある副会長。
あぁぁ・・・そんな人に見られてしまうなんて2番目の最悪だ。
「あぁ、気にせず続けて下さい。 私は文化部合同の部長会議に呼ばれてて、すぐ出ますので。」
気にせず続けてって・・・
何事も無かったかのような態度が、逆に私の心を打ちのめす。
それはかすみも同じようで、無言のまま目だけで副会長を追いかけている。
「心配しなくていいですよ。私は野暮じゃありませんから。」
そう言い残すと、副会長は緩くウェーブの掛かった髪をなびかせながら、颯爽と生徒会室を出て行く。
・・・しかもご丁寧に鍵まで掛けて。
なんとなく気まずくて、一瞬かすみと合った視線を逸らせて作業に戻る。
「みのちゃん、ごめんね? あたしのせいで・・・」
聞こえた声に気を取られたせいでまた間違えた電卓のACキーを連打しながら、私は顔を上げる。
「んーん・・・私こそ。しないって決めたのにしちゃったから・・・」
「違うよ!みのちゃんは悪くないの!」
「ぷっ・・・あはは。」
小学生みたいな物言いに思わず吹き出した私に、ばつが悪そうに唇を尖らせるかすみ。
「もう・・・」
「あはは。ごめん。さ、そろそろ作業に戻ろっか。」
「うん。」
折角作ったアンケートだもの。どんな答えが返ってくるのか今から楽しみ。ね、かすみん。
fin