30000HIT memorial ShortStory
 3Hundred×Hundred


「雨・・・ねぇ。」
まだ午前中だというのに、灰色に染まった暗い空を見上げながらぽつりと呟く。
「予報では夕方までに止むみたいですよ、渚さん。」
リビングのソファで脚を組み、日本各地の旅行パンフレットを眺めながらわたしの恋人が答えた。

明日から高校2年生になる彼女に、お祝いとしてゴールデンウィークの旅行をプレゼントするつもりで、
今日はわたしの家に来てもらっている。
まぁ、プレゼントというのは口実で、わたしが一緒に行きたいだけなんだけどね。

「渚さん、いっぱい集めて来たのはいいんですけど、予算はどのくらいなんです?」
閉じたガラス窓の向こうにニヤニヤ笑いを投げていたわたしは、慌ててそれを消して振り返る。
「え、そうねー・・・深流ちゃんと行けるならプライスレス!」
ドヤ顔で言い放ち、ぐっと親指を突き出す。
決まった・・・
どう、この大人の余裕発言。同年代の恋人同士だったら決して味わえないのよ!

「・・・渚さん、そーゆーのいらないです。 あと、若干古いです。」
パンフレットをぱらぱらとめくりながら、こちらを振り返ることも無く深流ちゃんが冷たくこぼした。

ぐはっ・・・

ゆとり世代の容赦ない一言に、これが『orz』なのねと心の中で吐血する。
「深流ちゃん、あんまりだよー。冷たいー。悲しいー。」
流石にハートブレイクなわたしは、傷を癒すために深流ちゃんの横に腰かけ二の腕にしがみ付いて泣いた振り。
「会社の上司にでも伝染(うつ)されたんですか、そのギャグセンス。」
よしよしと私の頭を撫でてくれる深流ちゃんが、ほんの少し、唇だけの微笑みを浮かべる。

ハッ!!
そうなのかしら!?
本人の気付かぬうちに忍び寄るオヤジ化現象って、まさか他人から伝染するものなの!?
「エロスだけじゃなくて、ギャグセンスまでそっちに行ったら、いくら私でも受け止めきれませんよ。」
「やだ・・・ごめん。 ごめんなさい!」

『受け止めきれない。』

ピクリと、わたしはその単語に反応する。
深流ちゃんまで、そんな事言わないで・・・

「渚さん・・・?」
わたしの態度の変化に気付いたのか、深流ちゃんはパンフレットを投げ出してわたしの肩を抱き締めた。
「渚さん、ごめんなさい。 言い過ぎました。」
「深流ちゃん・・・」
腕に縋りついたのが振りではなくなり、本当に目頭が熱くなってくる。
昔付き合ってた彼氏に、別れ際に言われたのと同じことを言われて、反射的に全身に駆け巡った怯え。
本気じゃないとわかってても、わたしには溢れる涙を止める事が出来なかった。

ちゅっ・・・
泣きじゃくる私の額に、前髪の上から慰める口づけ。
「さっきのは冗談です。 だから、泣かないで下さい。」
涙にかすむ視界では深流ちゃんの表情を捉えられないけど、きっと困った顔をしてるはず。
そうでなかったら、私の肩を抱く腕に力が籠ったりはしないから。

「うん、わかってる。 でも、やだ、から・・・」
「はい。 もう言いません。」
もう一度見つめ合って、深流ちゃんの顔が近づいてくる。

「ちゅ・・・ん・・・」
温もりに満ちた、長く優しいキス。
もっと、一緒にいたい。
そう思わせてくれる特別なあなたを、もっと感じたいから。

「ちゅっ、はぁ、深流ちゃん、好き。」
「渚さん。 そういう直球なところ、可愛い。 私も、好きですよ。 はぁっ。」
深流ちゃんの舌が、私の頬をつっと舐め上げて、目尻のほんの少し下で止まる。
「だから、涙なんて私がなかったことにしてあげますから。」
きっと、しょっぱいだけじゃなくてファンデーションの味がするから深流ちゃんが一瞬眉を顰めたのかな。
「うん・・・ありがとう。深流ちゃん。」

100回のキスを100日。
100日なんてすぐだよ。
だから、200日、300日と、いつも、いつまでも・・・

 

 

 

「雨、思ったより早く上がったね。」
灰色だった雲間は白が混じった水色に戻った。
午前中、憂鬱そうな表情でバルコニーを見上げていた渚さんは、すっかりいつもの明るい笑顔。
「そうですね。お昼過ぎちゃいましたけど。」
私はその後ろ姿を眺めながら、散乱していた旅行の資料を集めてまとめ、テーブルに積み直す。

「わたし、おそば食べたいなー。」
大きく伸びをして、くるりと半回転。眩しい笑顔が私に降り注ぐ。
「え、渚さん、そんな好みありましたっけ?」
今までに渚さんの口から聞いたことも無いメニューを言われて、素で驚いてしまう。

「んーん。この間、仕事帰りに違う道を歩いて帰ってきたら、たまたまおそば屋さん見つけたんだけど、
鰹節の出汁の匂いがすごくおいしそうで、一度行ってみたいと思ってたの。」
そんなに表情を輝かせて言うほど、感動したのかな。
「でもなんか、ちゃんとした佇まいのお店で、一人じゃ入りづらくて。」
・・・なるほど。そういう事ですか。
大人なのに一人で入りづらいなんて、ホントに渚さんは可愛い。

「いいですよ。行きましょう、一緒に。」
私は立ち上がって可愛い恋人の手を握り、頬にキスをする。
「うん。 よーし、ここはお姉さんが奢っちゃうぞー!」
改めて宣言しなくても、いつもの事なのに。
そんな当たり前の事が、新鮮に感じる程のガッツポーズ。

「じゃあ、私、親子丼がいいです。」
「えー、おそば屋さんなのに!?」
「おそば屋さんの丼物は、家で食べるのと比べると、やっぱり出汁が違うので美味しいんですよ。」
「そなんだ・・・出汁の違いが分かるなんて、末恐ろしいJKね!」
「本物の出汁とインスタント出汁の違い位、小学生でもわかります。 あと、JKって言わないで下さい。」
そんな会話を交わしながら、あなたと一緒に玄関を出る幸せ。

今日も、
明日も、
これからも、
ずっとヨロシクね。



ありがとう・・・30000HIT☆

 

 

 

 

NOVELS TOPへ






















「で、渚さん。 さっき言った旅行の予算ですけど。」
「うん? あー。3万円くらいかな。」
「やっぱり。」
「なに、やっぱりって。」
「いえ。日本人は3が好きってよく言いますしね。」
向かいの家の木の枝へと少し視線を逸らして、呟く。

「それに30000ヒッ・・・」
そこまで言って、ハッとなって口元を手で押さえる。
「ヒッ・・・?」
訝しげに、私の顔を覗き込む渚さんに、無理やり口づけをしてごまかす。
「ちょっとぉ!深流ちゃん! 外ではダメって言ってるでしょー!」
走って逃げだした私を、慌てて追いかけてくる渚さん。
静かな住宅街を二つの笑い声が駆け抜けて行った、そんな日曜の昼下がりでした。




fin

 

 

NOVELS TOPへ