50000HIT & pre-3rd anniversary  memorial ShortStory
 5 Hundred×Hundred


「深流ちゃーん! 深ー流ーちゃぁーん!」
「う、うぇ!? 渚さん・・・!?」

何千という人たちが、私と同じ目的を遂げて大学の校門から流れ出て行く。
人事を尽くして天命を待つ、という言葉通り、あとは合格発表を待つだけ。
もちろん、本命校以外にも受験はするけど、緊張しっぱなしでいる訳にもいかない。
そんな事を考えながら駅へ向かおうと歩いていたら、反対側の歩道から大きく手を振りながら大声で私を
呼ぶ人がいたものだから、びっくりしたというか、恥ずかしいというか。

車が来ない事を確認し、私は慌てて恋人のもとへと道路を横断した。
「受験お疲れ様。 どうだった?」
「大声で名前呼ぶのやめて下さい。 みんな何事かと思ってたみたいですよ!」
そんな何事を、何事も無かったかのように話を進めようとする渚さんを、私はついいつもの調子で咎めてしまう。
「だって・・・ なんか硬い表情で黙々と歩いて行っちゃいそうだったから、呼び止めないとと思って。」
悪びれた様子も無く、渚さんはにこやかな表情で私のマフラーの位置を調節する。

「大体なんで渚さんがこんな時間にここにいるんですか?」
試験が終わり、時刻は午後3時。
一日で最も暖かいこの時間帯でも、少し風が吹くだけで真冬らしい寒さがコート越しでも実感できる。
「仕事のついでにちょっと寄り道よ。 今日の訪問先が、この近くだったから。」
そう言われてみると、渚さんはビジネス用の茶色いロングコートを身に纏い、プレゼン用の資料なのだろうか
黒い筒を肩から掛けていて、大きめのバッグを持っている。

「そうだったんですか。 渚さんこそ、お疲れ様です。」
「いえいえ。 あ、よかったら、ちょっとお茶していかない?」
渚さんが指差す先は駅とは反対方向で、皆の視界にも入っていないのかちょっと離れた所には客待ちの小さな
喫茶店がぽつんと佇んでいた。
大学受験に備えて渚さんと会うのを控えていたけど、今ここに現れた私の恋人はいつもと何ら変わりなく、
私を迎え入れてくれた。
無意識に緩みそうになる頬を隠し、わかりました、いいですよと、私は二つ返事を返した。

カランコロン・・・

店舗の外観と同じ白いドアを開けると、上部に取り付けられた古典的なベルがお迎えの挨拶を告げる。
入った瞬間に私の鼻腔を満たす、焙煎されたコーヒー豆の香ばしい香り。
渚さんのキッチンにあるコーヒー粉とは全然違う。

「いらっしゃいませ。 どうぞ、お好きな席へ。」
カウンターでコーヒー豆を挽きながら、店主らしき白髪の男性が手短に案内をした。
店内に他の客はおらず、本当に受験生全員の視界に入ってないんだな、などと思ってしまう。
受験日という『外』の流れから切り離されたこの店は、きっと普段と変わらぬ時間を刻んでいるのだろう。

「奥に行こっか。」
さりげなく私の手を取り、渚さんは入口から一番遠くに一つしかない4人掛けのボックス席へ進んでいく。
・・・手袋越しの手繋ぎは、なんだかちょっともどかしい。

ボックス席に辿り着いた私達はコートを脱いで鞄と一緒に椅子に置き、その向かいの席に腰掛ける。
渚さんがわざわざボックス席を選んだ理由は、横並びで座りたいからだと分かっているから、私は奥に詰めて
隣に渚さんが座るのを待つ。
ほんの数秒なのに『待つ』だなんて。
私が見上げる視線に気付いたのか、渚さんはふわりと微笑んだ。
ちょっと会わなかっただけなのに、この笑顔が、こんなに待ち遠しかったなんて。

「深流ちゃん、何にする?」
テーブルに伏せてあったメニューを私にも見えるように広げながら、渚さんの指が品目を迷いだす。
「カフェラテがいいです。」
品書きを見ないまま、私は即答する。
「早っ! えと、じゃあ、わたしは・・・」
文字の上をうろうろしている渚さんの爪がつやつやしているのが目に留まり、今更ながら魅入ってしまう。
この指先が、見慣れているはずの指先なのに、つい触れたくなってしまうなんて。

「あ、すいませーん!」
視線を注いでいた手がバッと効果音が付くほどの勢いで挙げられて、肩が跳ねてしまった。
・・・幸い、渚さんはカウンターの方を向いていたので、見られなかった事にホッとする。
すぐにやってきた店主に注文を告げ、渚さんは改めて私の方に向き直る。

「試験は、あと何校受けるの?」
「あと2校です。 ・・・って、来週の金曜には終わりますから、そんな顔しないで下さい。」
まだ受験が終わらないと知った瞬間の渚さんの表情を汲み取り、言い聞かせるように窘める。
「だって、またしばらく会えなくなっちゃうのかと思うと、おねーさん、寂しいわー。」
おどけたような口調と裏腹に、椅子の上に置いていた私の手に重ねられる、ひやりと柔らかい感触。
手袋に包まれていたのに、渚さんの掌は受験会場から出て来たばかりの私の手の甲より、冷たかったのだ。

クリスマスイブが平日だからとその前日に二人で過ごして以来、実に丸34日間会っていなかった事になる。
年末年始は塾の集中講座を受けていたから、去年のようにお正月も一緒に過ごせなかった。
思えば、渚さんと今の関係になってから、こんなに長い時間会わなかったのは初めて。
「私だっ・・・」
そこまで言って、その先を言いそうになって、慌ててそれを胃に送り込んだ。

言っては、いけない。
私の都合で、渚さんに寂しい思いをさせてるのに、私がそれを言ったら・・・
我慢してくれている渚さんに、申し訳が立たない。
無意識にぐっと唇をかみしめ、私は感情を押し殺す。

「深流ちゃん・・・ もう、バカね。」
頬に小さく弾けた、いつもの柔らかな感触。
「終わったらまた会えるんだから、子供じゃないんだし、わたしは待てるわよ。」
呑み込んだはずの言葉が伝わってしまったんじゃないかと思えるほど、渚さんの言葉は的を射ていた。

重ねられた掌を握り返し、震えそうになる心を強く持ち、渚さんを見つめる。
ぼやける視界に近づいてくる、肌色のモザイク。
二人でずっと禁忌にしてきた『家の外』での、キス。

それはほんの一瞬だけど、込められた思いは、34日以上、およそ、5万分ぶん。

「ありがとうございます、渚さん。 もう少しですから、待ってて下さい、私を。」
大好きな、あなたへ。
たくさんの気持ちを結び合わせて、共に歩みたい。
これからも、ずっと、一緒に居て欲しいから。


ありがとう・・・50000HIT & pre-3rd anniversary☆

 

 

 

 

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「お待たせいたしました。 カフェラテと、本日のブレンドです。」
二人の会話が落ち着いた頃、店主が注文した物を運んできた。
気のせいか、飲み物二つだというのに、頼んでからずいぶん遅いようにも感じる。
「あら。 ラテ・アートよ、深流ちゃん。」
私のカップを指差して、渚さんが一段高い声を出した。
覗き込んでみると、丸いキャンバスに描かれているのは、真っ白いミルクのハートマーク。

「そしてこちら、お待たせしてしまいましたので、サービスです。」
サービスという言葉に、現金にも二人同時に店主の顔を見上げる。
供された細長い皿には、二口サイズ位のシフォンケーキが二切れ。
しかも、しっかりホイップされた生クリームが、ケーキを寄り添わせるとハート形になるようにデザイン
して乗せられている。

「どうぞ、ごゆっくり。」
小さく一礼して去る初老の背中を見送り、私達は顔を見合わせる。
「あー・・・ あの、い、頂きましょうか、深流ちゃん。」
「そ、そうですね、渚さん。 せっかくの5万ヒッ・・・」

危うく口から出かけた言葉を飲み込んだものの、何となくお互いに隠せない動揺のせいか、渚さんからの
ツッコミは無かった。
「あー、このコーヒー、おいしいわー。 うちのと全然違う!」
その笑顔を見つめながら、私は幸せ色に泡立ったカフェラテを、ゆっくり口に含んで堪能した。





fin

 

 

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