Beams その15


腕に押し付けすぎて赤くなったおでこが、また少し傾く。
「あたしは・・・まゆのことが、気になってしょうがないの。」
「千河・・・」
叩いた千河も痛かったのか、先程ボクの頬を貫いた手をさすりながら力なく椅子に崩れ落ちる。

「まゆは知り合った時から自分の事が大好きで、へらへらしてて、平気でクサイ事言えて・・・見てて
イライラしたってゆーか・・・羨ましかった、の、かも・・・」
あは・・・合ってるから否定しないけど、千河と知り合う前からボクはそーだったんだよ?
「見た目いいだけで何あの態度ムカツクとか思ったけど、友達になってみたら、まゆから目が離せなくて・・・」
あ、あの、チョット・・・千河さん? ナニゲにヒドくない・・・?

メガネの隙間から溢れ出る新たな雫を指で拭いながら、千河はぽつぽつと誰にも言えなかった想いを述べる。
「どんどん気になって、こんなヤツのコト好きになって行く自分が・・・おかしいって解ってるのに・・・」

あ、今『好き』って・・・
その前に『こんなヤツ』って言った気もするけど、今確かに『好き』って・・・。

しゃくりあげ始めた千河が言葉を切った瞬間に気づき、ようやくボクは口を開く。
「千河・・・好きの形なんて、ボクもそうだけど色々だからさ。形が違っても、お互いのことが好きで良くない?
その為の、特別な友達になろうよ!」
一気に押す!
ボクが何か言えるタイミングは、ここしかないと思ったから。
ここを逃したら、もう、元にも戻れない気がしたから。

ボクは手を伸ばし、溢れ出してベタベタになっているいちご牛乳を手に取る。
千河が目で追う中、視線でイタダキマスと伝えてからストローを咥えると、口いっぱいに甘い味が広がる。
「いっぱい喋ったから貰っちゃった。」
悪戯っぽく目を細め、持ち主の目の前で小さくパックを振る。
ちょうどボクとの視線の間にあるくびれた直方体を、千河がゆっくりと見上げて手を伸ばそうとする。
「千河・・・なろうよ。特別な友達に。 まだボクが誰ともなってない、特別な、友達に。」
千河に言い聞かせるように語りながら、ボクが捕えたいちご牛乳を取り返そうとする千河の手から守る。
そして、ひょいと避けたそのパックから突き出た先端をもう一度吸う。 あま・・・

「まゆ・・・」
ボクが顔の横に持っている自分のモノを取り返す為か、千河は椅子から立ち上がってボクを見つめる。
さっきの一撃の時と同じ目力で射抜かれ、無意識に身構えてしまう。
でも、その予想とは異なり、千河は勢い良くボクの胸に飛び込んできた。
「バカ・・・まゆの、バカ・・・」
ボクの肩にメガネを押し付けながら、力強く抱きしめる千河は明らかに震えていた。

千河・・・ごめんね。
ボクは空いている手をそっと千河の背中に回して抱き寄せ、千河が落ち着くのを待った。
やっとお互いの気持ちを伝え合う事が出来て良かった。
だからね、千河。
今その想いを、ひとつのカタチにして・・・

千河の体の震えが収まり始めたのを見計らい、緊張を解す為にいちご牛乳の最後の一口を喉に押し込む。
ボクは胸の中にいる特別な友達の後頭部を一度撫でてから、宝物を扱うようにそっと頬に当てる。
その熱さは今まで感じたことがなくて、ボクの心を締め付ける。
ほんの一瞬だけ目を合わせて、また逸らす。
鼓動が際限なく速まり、このままどうにかなってしまいそうな予感さえ感じさせる。

頬に当てた手を人差し指だけに変え、ゆっくりと頬から顎へと滑らせる。
千河は顎に止まったその指の意味を理解したのか、涙で少し腫れてしまった瞼を閉じてメガネの向こうで
ボクを待つ。
き・・・緊張するよ・・・
瞼を閉じているのに、見つめられているような感じがするし・・・
ボクだってこんなの初めてなのに、また叩かれたりしない、よね?

大きく息を吸って固く目を閉じ、ボクは千河の唇にボクの唇を重ねた。
ボクの瞼に千河のメガネが当たる感じと、唇に当たる柔らかい感じに、胸の奥が苦しくなる。
唇に感じる震えは、ボクの震えなのか千河の震えなのか判らない。
ほんの少し離して、また押し付ける。
ほんわかと頭の奥が温まってくるような感じに、満たされていく喜び。

どちらからともなく頭を離し、見つめ合う為に目を開く。
「ごめん、千河。ボク、初めてだからうまく出来なかったかもだけど・・・」
囁きかけた言葉は、恥ずかしさと不安が混じったいちご牛乳の色。
「バカ・・・初めてされるあたしが、判るわけないじゃない。」
ボクを腕から解放した千河がハンカチで目元を拭うと、既に先程よりもすっきりした表情を取り戻していた。

「あはは。そーだよね。」
それに元気付けられて、ボクも小さく笑ってみる。千河に涙なんて似合わないよ。
「でもさ、ファーストキスがいちご牛乳の味だなんて、なんかマンガみたいじゃない?」
その言葉に千河がハッとなり、ボクが持ったままだった紙パックを慌てて奪い取る。
「あ・・・ない・・・」
すっかり軽くなったそれを吸ってみるものの、残念なズルズル音が聞こえてきただけ。

「ちょっとっ!まゆっ!全部飲んだわねっ!」
千河の眉がキッといつもの鋭さを取り戻す。
「あ、ご、ごめん、今買ってくるから・・・」
「バカッ!!最後の1個だったのにっ!」
ボクの言葉が終わる前に、千河が紙パックを握りつぶしてボクに叩き付ける。

え、えぇー・・・
そうか、まだパンの売店の搬入が始まってないから自販機の補充がされてないんだ・・・
ナニコノ結末。
ボク、今日はカッコ悪いトコばっかだなぁ・・・

でも、千河と食堂を追いかけっこしながらそんな風に思ったボクの顔は、千河と同じく笑っていたに違いない。


 

 

 

 

その14へ     その16へ