Beams その19


階段を下りながら、ボクの思考がインサイトしてゆく。
きっと千河のことだから、何もしないでそのまま待ってるかな?
まぁ、部屋の中キョロキョロするくらいはありえるよね。

キッチンに入っても、ボクの想像は止まらない。
あ、案外千河の後ろの壁一面クローゼットの大きさが気になって開けちゃったりして。
2つのコップに麦茶を入れる手が、込み上げる笑いで震えてしまう。
それともそれとも、ベッドに寝転がってごろごろしちゃうとか?
やーん。千河ったらダ・イ・タ・ン☆

「ぷっ・・・あははは!」
意味のわからない妄想に、噛み殺していた笑いを抑えきれなくなる。
千河の事考えてるのが、なんだか楽しい。
これもきっと『好き』のカタチなのかな。
ボクはニヤニヤ顔のまま冷蔵庫に麦茶を戻すと、えいっとお尻で扉を閉める。

『好き』って、すごくウキウキする。
コップを両手に持ったまま、弾むようなステップでくるりと1回転して階段を上る。
トントンと駆け上がる音が、ボクの気分のように軽快なリズムを刻む。
さーて。千河はどうしたかな?
落ち着いてもらう為に少し時間かけちゃったけど、大丈夫だよね?

ボクは部屋のドアの前に辿り着くと、ドアを軽く蹴り「千河、開けてー!」と声を掛けて1歩下がる。
部屋の中からは「んもぉ!」と微かな声が聞こえて、すぐに開け放たれた。
幾分すっきりした表情になった千河が、扉の隙間から顔を覗かせる。
「ありがとう。千河。両手にコップ持っちゃってたからさー。はい。」
ボクは左手に持っていたコップを千河に差し出す。
「あ・・・ありがと。」
千河はコップを受け取って一瞬ボクの目を見ると、すぐに元の位置にアヒル座りでぺたんと座った。

良かった。やっぱり時間をとって正解だったみたいだ。
そう思ってボクが千河の右に座ると、いつかのクーポンを使って買ったナゲットの箱が開いていて、
パッケージの数字より1個少なくなっているのに気付いた。
「あれ・・・?ボクのナゲット・・・?」
これは予想外だった。千河、まさかのつまみ食い?
「こないだのいちご牛乳のお返し。」
振り向いた先の千河は、ボクの言葉にキッと眉を逆立てて言い放った。
「あ、あは・・・ごめんなさい。」
うんうん。いつもの千河に戻ってる。もう大丈夫だね。

「あのね、まゆ」
一口かじったパイを飲み込んで、千河が口を開く。
「あたしの正面にさ、おっきな鏡があるじゃない?」
ボクの大切な鏡を見つめる千河の表情は真剣だ。
「そこにさっきまで映ってた自分の顔見たら、なんかあたしバカみたいだったなって思って・・・」
千河の視線が落ちた手元では、人差し指が忙しなくテーブルを引っ掻くように動いている。
「友達なんだから、家に遊びに行くくらい普通の事じゃない。 なのに勝手に舞い上がって、ずっと変な
顔しちゃってたのが見えてね。気付いたの。」
「千河・・・」
いつもよりずっと素直な千河はオレンジジュースのストローを一口吸って言葉を続ける。
「やっぱりあたし、まゆの事考えると、落ち着かなくて、イライラして・・・ストレスが溜まるの。」
一瞬ボクを睨んだ千河の視線はすぐに柔らかいものへと変化していく。
「だから、折角来たんだし、今日はまゆの事を知る良い機会だと思って開き直ることにしたの。」
眉が上がったままだったけど、千河はニッコリと微笑んだ。

「千河・・・えらい!」
思った以上の千河の心境の変化に感動したボクは、千河の笑顔を軽く上回る笑顔ビームを浴びせかける。
「実は、ボクもそのつもりで連れてきたんだ。ボクが千河を知りたいように、千河もボクの事をもっと
知りたいんじゃないかって。だから今日、ボクは初めて自分の部屋に友達を呼んだ。特別な友達をね。」
ふと視線が合い、見つめてしまうメガネの奥。

「また・・・。調子いいんだから。」
千河は鼻で笑って苦笑したけど、ボクだってそれなりに考えて千河を呼んだんだよ?
「だから、今日は千河がボクの部屋の中で何をしても怒らない。」
その言葉に、千河がボクの顔を見つめ返す。
「ど、どーゆー意味よ?」
「そのまんまだよ。見たいものがあれば見ていいし、訊きたいことがあれば何でも訊いて。
これって・・・普通の友達でもすることかな?」
『普通の友達』・・・ボクは『特別な友達』の真価を試す為に、敢えてそう表現した。

「どーかしら・・・でもお生憎様。もうとっくにそのつもりなんだから。 それ、もらっちゃったし。」
千河は勝ち誇ったようにナゲットの箱を指差す。
「あ。あはは・・・そっか。」
そのときの千河の笑顔に、ボクは一遍に肩から力が抜けてしまった。
どうやらボクも、力み過ぎだったみたい。
また一つ、千河との歯車がかみ合った気がして、なんだか嬉しかった。

「それにしてもそのナゲット、しょっぱ過ぎない?」
千河の眉が片方だけ逆立つ。
「えー、そーかな? 千河が甘い物食べてるからじゃない?」
「そっか・・・それもそうね。」
こんな何気ないランチのひと時が、二人の間を埋めてくれる。
学校でみんなと囲む昼食とは違って、千河と二人だけのテーブルがとても近い距離に感じられた。

 

 

 

 

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