Counter その3

駅前の8の字バスロータリーは会社帰りの大人たちが溢れていて、忙しない空気に満ちている。
手をつなぐ私たちを誰も気にした様子は無い。
そう、世の中は意外と見てるようで見ていない。
見ているとしても、見てみぬ振り。

「沙織?どうしたの?」
冷たい現代という舞台の雰囲気に酔いしれていると、あなたは不審そうな顔で私を覗き込む。
「あ、い、いえ、なんでもな・・・」
「あれ?瀬戸と三河じゃん。」
思わず手を離してしまって、すれ違ったその声にはっと振り返る。
「え、えと・・・」
とても聞き覚えのある声なのに、そこに立っているのは見たこともない人・・・のような気がする。
目元のインパクトが強いメイクに、白いピタT、ベルボトムジーンズには太い飾りベルトで足元はミュール。
こんな服装をする知り合いなんて、私のアドレス帳にはいなかった気がするけど・・・

「えぇっ!もしかして、村沢先輩!?」
頭に?マークを浮かべた私とは違い、あなたはすぐその正体に気づいたみたい。
「そうそう。さすが瀬戸。誰だか判らないって言われなくてよかったよ。」
ぐさりと鋭い一言。

「こんなところに遊びに来るんだ。何してたの?」
私たち卓球部の副部長、村沢先輩は練習熱心で熱血な頼れる先輩。
そのイメージとはとてもかけ離れた私服に面食らってしまう。
「今日は、映画観たいから付いて来てって沙織に言われまして。」
「あー、わかるわかる。映画館って入りづらいよね。」
そーゆー理由じゃありません。
勝手に勘違いしてくれて助かるけどねと、心の中で舌を出す。

「そういう先輩こそ、こんな時間からどこかお出掛けですか?」
ナイス反撃!
今の私たちを邪魔しようとするヤツなんか、たとえ先輩でも追っ払ってよ!
「夏休みの間だけバイト。夜シフトで入ってるからこの時間でさ。」
「夜働いてるんですか。大変ですね。お疲れ様です。」
こんなところでも気遣いが出来るあなたの優しさが誇らしい反面、なんだかもやもやしたものが
私の中に沸き起こる。
「うん。じゃ、行くから。気をつけて帰りなね。」
「はい。バイト頑張ってください。」
小さく手を振るへのへのもへじに、あなたと私は小さく頭を下げる。

「びっくりしたねー。学校以外で会うの初めてだったから、最初わかんなかったよ。」
楽しそうに笑うあなたを少しでも早く取り返したくて、離れた手をつなぎ直す。
「そうだね。私は、薫が名前言うまでわかんなかった。」
「あはは。あんなにメイクしてたら、普段と全然印象違うもんね。」
思い出したように駅へと歩き出すあなたとつないだ手を、歩き出さない私の足が引き止める。

「私も、メイクとかした方がいいかな?」
振り返ったあなたを見つめて、私は何を期待して言ったの?

 

 

 

 

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