☆「野咲的瑠奈さん妄想」☆


弱火に湯気を立てる鍋と、時計を窺う。

ご飯にはみりんとお酒を少々。炊きたてでお出しできるように計算してよしと頷いた。

カレーライスが家庭の味であるのはお嬢様のような高貴なお生まれでもなければ多くの方に当てはまる。

だから最初、夕飯にお嬢様がカレーライスをご所望になったときわたくしは少々躊躇った。

お嬢様が所望されているのが、庶民的な家庭的な味であるのか、それとも多少日本的とは言い難い“店の”味であるのかが分からなかったからだ。

“どうしたの?カレーライスって何、って顔をしているわ”。お嬢様はそう言ってくすくすと笑った。

“心配しないで、私には家庭の味なんてないから”。それからそんな風に美しい笑顔の裏に影を落とされた。

まだ幼いと言える少女に何もかも見透かされたようで恐ろしくもあったし、それ以上に同情にも似た気持ちも抱いてしまった。それが分かったあの方は、きっぱりとわたくしの浅はかな想いを拒絶したけれど、それでも愛しさが増したのは確かだった。

彼女は仕える先の“お嬢様”であってそこに感情を持ち込まないのがよりよいフリーの“使用人”であるのに。それでも、年若くも気高い彼女にわたくしの心は願っていた。長く彼女に仕えたいと思った。

その日は確か、やっぱりやめたと言ってお嬢様は他のものをリクエストされた。とても家庭で作る類のものではなかったからレシピを調べて作ったように思う。

そうして、最初にカレーライスをお出ししたのはその三日後の昼食だった。

日本的にたまねぎをたくさん炒めて甘めにして、本場風にスパイスを挽いて、ライスの加減はわたくしの実家の秘伝。

随分時間をかけたけれどできるだけそっけなく、いつも通りの昼食としてひとりきりのお嬢様の食卓に湯気の上がる白いお皿を置く。

お嬢様は一度だけわたくしを見上げてからスプーンをお取りになって、優雅に一口お食べになって、それからもぐもぐと随分長い間咀嚼なさっていた。


あの時は内心ハラハラしたものだ。長い時間をかけて描いた絵画を人に見せるときのようだった。いやそれよりも緊張した。お嬢様に認められたい気持ちはもうあの頃から持っていたのだろう。

あの方には、傅きたくなる何かがあるのだ。それは多分、女王の気品に似ている。

鍋の様子をもう一度確かめて何度目かの食器磨きを始める。今日のお客様はきっと間違いなくお嬢様の大切なお方だ。

手を抜きたいなどという感情、抱いてはいけない。


今日のカレーライスに、お嬢様はあの日と同じ感想を持ってくださるだろうか。

お嬢様の大切な方は?


わたくしは曇り一つない食器をもう一度確かめて、そろそろお嬢様が戻られる頃だと何度目かのガーデンの確認に出向くことにした。



 

 

 

 

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