☆「found you」☆


 

下校途中、住宅街の十字路で、私はジェイソンと出会った。
 そのジェイソンは目のところに穴の空いた紙袋を被っていたものの、映画のような威圧感はなく、小動物的な雰囲気を出していた。曲がり角からのぞかせた小さな身長に、少し大きなセーラー服を身に纏っている。私の学校と同じものだ。
 これはもしかしたら紙袋を被った女子高生なのでは、と気づいた頃に、視線がばっちり合ってしまった。
 だがジェイソンはこちらに襲いかかってくることはなく、逆に脱兎のごとく逃げ出した。

「あ、待って!」

 気づけば私は逃げたジェイソンを追いかけていた。逃げるものを追うのは生物としての本能だし、なにより。
 彼女の怯えたような様子が、どうも気にかかったからだ。
 児童公園に入ったところで、私はようやく彼女の腕を掴んだ。驚いて彼女は足を止める。びくびくと震えている瞳で、彼女は私を見つめていた。
 息を整えながら、私は次に何をすべきか考える。正直追いついた後のことは、まったく頭の中にはなかったのだ。
 無言のままいるのも変なので、とりあえず私は口を開くことにした。

「ねえ、どうして逃げるの?」

 びくり、と彼女の体がすくみ上がった。

「……ご、ごめんなさい」

 紙袋の向こう側からの声は、思ったよりも細くて綺麗な声だった。

「あ、別に、責めているわけじゃないの」

 言葉を濁す。とにかく何でもいいから、会話を繋げなければ。

「えっと……あなたの名前っ! 名前が聞きたいの」

 向こうは丸く空いた穴の中にある目を見開いた。まあ、確かに、いきなりすぎるとは思う。だが、もうこの流れで押し切ることにした。

「あ、私は奥田久子(ひさこ)。ねえ――」

 ――あなたの、名前は?
 彼女は戸惑っていたが、やがてまっすぐに私を見て、言った。

「わ、私は……星村、理以(りい)」



 出会った頃のことを思い出していたら、いつの間にか待ち合わせ場所についていた。街中の広場にある、巨大な噴水の前だ。周りを取り囲むように男女のカップルたちがそれぞれの方法でいちゃいちゃしている。
 きょろきょろと辺りを見回す。いた。クリーム色の花柄ワンピース。肩までの髪を露出した後ろ姿を見るに、今日は被りものをしていないのかもしれない。……もしかして、ようやく人見知りを克服できたのかな。

「理以、お待たせっ!」

 飛びつくように、後ろから彼女の胸を鷲掴みにした。手のひらいっぱいに、豊かな感触。うん、たまらない。

「あ、久ちゃん」

 いつも通り、何事もなかったかのように彼女は振り向いた。私はぎょっとする。彼女は神社にあるような九尾の立派なお面をつけていた。前回は魔女のマスクで、今回はこれか。というか彼女は、どこからこれを持ってきたのだろう。

「あのねぇ理以。いい加減人前が恥ずかしいからって、顔になんかつけてくるの、やめなさい」
「えっ? 前は結構目立ってたから、今回は控えめにしたんだけど……」

 そういう問題じゃないとつっこみそうになってやめた。彼女は鈍いというか、どこかずれているところがある。ていうか、九尾で控えめって……。

「キツネだけに、きっついねぇって感じ」
「へ?」
「……まあいいや。とりあえず行こうか。観たい映画、何時からだっけ?」

 彼女は慌ててハンドバッグからケータイを取り出す。

「えっと、十五時からだね。今からだと、少し早いかも」
「じゃあ、それまでいろんなお店を見て回ろうか」

 うん! と彼女は無邪気に頷いて、私の手を取った。私はそんな彼女に笑いかけて、そのまま彼女の手を引いて歩き出す。
 街は秋の始まりを祝福するかのように賑やかで、その真ん中を二人で歩いていくのは、何となく心地がよかった。



「あ、これ。可愛いかも……」

 ちょっとした小物店に入ると、すぐさま彼女は棚に並んでいる一つのものに興味を示した。
 それはまん丸とした不細工な猫のストラップだった。どう見ても豚にしか見えないが、招き猫のポーズを取っているから、猫なのだろう。

「これ、欲しいの?」
「あ、いや、別に欲しいってわけじゃなくて」

 いいよ、と私は棚にあるそのストラップをとる。

「買ってあげる」
「え、でもそんな。悪いよ」
「いいんだって。今日の記念ってことでさ」

 じゃあ私も、と彼女が言った。

「久ちゃんに何か送りたい」
「えっ。別にいいってば」
「私が送りたいの!」

 彼女はいろいろな棚をじっと真剣に探し始める。そんな姿が愛らしくて、思わず吹き出してしまった。

「じゃあ、これ!」

 手に取ったのは、豚の鼻の飾りがついたペンダント。……やっぱり、彼女のセンスはよくわからない。だけど。
 この子からのプレゼントは、やっぱり嬉しい。

「はは。豚だけに、ありがとん。なんちって」
「それって結構使い古されてるよ、久ちゃん」

 やかましいわ、と頭を小突くと、おかしそうに彼女がお面の下で笑うので。
 思わず私もつられて、笑ってしまった。



 映画の始まる時刻が近づいていた。店の冷やかしもほどほどに、私たちは目的地の映画館へと向かう。

「そういえば、映画ってどんなの?」

 手を繋いでいる隣の彼女に聞いてみる。

「えっとね、エイリアンとゾンビと人間が、三つ巴で戦う話」
「ふーん。……ん?」
「この映画はどうしても、久ちゃんと一緒に観たかったんだぁ」

 なんてことを言って、彼女はうっとりしている。私はひきつった笑みを浮かべた。

「へ、へぇ……。あ、そうだ。映画終わったら、帰りにこれ、寄ろうよ」

 私は両手の指を軽く曲げ、それにかぶりつく仕草をしてみせた。

「あ、ハンバーガー?」
「当たり」
「……なんか、ジェスチャーがおじさんくさいよ、久ちゃん」
「う、うるさいなぁ!」

 和気あいあいと二人で話し合っていると、街灯に寄りかかっていた男の人がこちらへ近づいてきた。明らかに知らない奴だ。私は彼女をかばうように前に立った。

「こんにちは。君可愛いねぇ。これからどこ行くの?」

 全身からちゃらちゃらした雰囲気を漂わせた男だ。下品な目つきで私をじろじろと見つめてくる。それだけならまだしも、私の後ろにいる彼女のことはガン無視である。これには腹が立った。

「別に。関係ないじゃないですか」
「そんなこと言わずに、俺と遊ぼうよ。そんな気味悪い被りものと、ツルんでないでさぁ」

 ぐいっと手を引っ張られる。彼女がびくっと身をすくめるのが目の端で見えた。
 気味悪い被りものってのは、理以のことか?
 かちん、と頭の中で甲高い音がした。目の前が真っ赤に染まる。
 私は力強く男の胸倉を掴んだ。

「てめぇは理以の何知ってんだよボケがっ! 言っておくけどこの子はめちゃくちゃ可愛くて可愛くて、ついでにもうひとつ可愛くて食べちゃいたいくらいだっつっんだよ! 手ェ繋いだ時に無意識に指絡めてくるところとか、嬉しいときに小さく立てる笑い声の可愛さとか、えっちの時ちょっと恥ずかしそうに……」
「わーっ! わーっ! 久ちゃん、ストップストップ!」

 彼女の必死の叫びで我に返った。胸倉の手を離すと、男はその場で尻餅をつく。完璧に打ち負かされたボクサーの顔である。ふん、と鼻息を吐いた。

「今日はこんなところで、勘弁しておいてあげる」

 そう言って私は彼女の手を引いて歩きだした。慌てながらも、やっぱり彼女は指を絡めてくれた。



「……ごめんね」

 映画館に入り、席に着いてから、ようやく私は口を開いた。周りは照明が落とされて真っ暗で、スクリーンには映画の予告が流れている。

「何が?」
「……大きな声で、変なこと言い触らしちゃって。恥ずかしかったよね」

 ナンパ男の胸倉を掴んでいた時は頭に血が上っていたけど、冷静に考えると私はとんでもないことを口走っていたのだ。恐る恐る彼女を見る。九尾のお面の奥にある瞳は、細められていた。

「そんなことないよ。……ほんとのこと言えばね、嬉しかったし」
「嬉しかった?」
「うん。久ちゃんが、私のことこんなにまで愛してくれてるんだってこと、教えてもらったから」

 私の顔が真っ赤になってしまうことを、彼女は平然と口に出してみせる。彼女は本当に、本当に鈍い女の子。だけど。
 ……やっぱり、嬉しい。
 ふふ、と彼女は小さく笑い声をあげた。

「私ね、久ちゃんと初めて会った時、この映画を観に行こうとしてたの」

 言いながら彼女は、予告が終わってタイトルコールが表示されたスクリーンを見つめている。

「私人見知りだからね、外に出ても顔を隠せば大丈夫だと思ってた。だけど結局途中で怖じ気づいちゃって、立ち往生してて。そんな時に、久ちゃんが私を見つけてくれたんだ」

 驚いた。私と一緒にどうしてもこの映画を観たかった理由とは、こういうことだったのだ。

「それから、学校にも行けるようになったし、街に出てもそんなには気にならなくなったの。……だって久ちゃんが、いつでも私の隣にいてくれるから」

 肘掛けの下で、彼女の手が、私の手に絡む。温かくて、柔らかな手のひらの感触。

「私を見つけてくれて、ありがとう」

 その言葉は映画の銃撃戦の音よりも深く強く、私の中に届いた。

「理以」

 私は彼女のお面に手をかける。お面の下から、何度拝んでもびっくりするくらいの美少女が現れる。少し赤らんだ顔で、私を見つめてきた。

「他にも人、いるよ?」
「大丈夫だよ、誰も見てないから」

 艶めく髪に手をやって、私は彼女に顔を近づけた。その瞬間にきゅっと閉じた瞼が、震える長い睫毛が、とても愛おしい。
 見つけてくれて、ありがとうなんて、そんな言葉は。
 全部そっくりそのまま、君に返すよ。


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 あとがき

 最後まで読んでいただいてありがとうございます。
 こんにちは、初めまして。天空日和の青白(あおしろ)と申します。
 この度、湧水まりえさんから申し出頂いた相互リンク記念作品、ということで、一筆書かせて頂きましたよーっ!

 湧水さんから『純鈍ちゃん×オッサンっ子』という素晴らしいお題を頂き、今まで触れたことのないキャラにちょっとだけ頭を抱えながらも、何とか完成までかこつけることができました!
 頭を抱えたにしてはちょっとキャラが弱い気がしますが……。すいません、穴掘って埋まってきますぅ。
 純粋で鈍い子と聞いたときに、ふと人前が恥ずかしくてお面を被っているという女の子が浮かんできて、こうなりましたっ!はい、自分の発想がわけわからんだけでした。ずびばぜんでしだーっ!
 ちなみに久子がオッサンっ子で、理以が純鈍ちゃんです。……やっぱりキャラ弱いですよね。すいません。

 湧水さん、申し出から作品送り出しまで、本当に、本当にすごく時間が掛かってしまって、申し訳ありません!!
 これだけ期間が空いてしまったのに、心温まる言葉をかけてくれた湧水さんの優しさに感謝感激雨嵐ですっ!

 こんな青白ですが、ぜひぜひ今後ともよろしくお願いいたします。

 青白 拝

 

 

 

 

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