☆「小さな怪獣」☆


風邪を引いてから2日目の朝だった。

「んっ……。なんか重い……?」

瞼をこすりながらぼやけた視界に目をこらす。
今何時だろうと起き上がろうとしてみるとなぜか体が動かない。
風邪を引いているし、熱のせいかな?とおでこに手を当ててみたが熱は昨日よりは下がっているように思えた。
金縛り?……にしては腕動くよねと、頭をかく。
かろうじて首を起こしてみると、布団の上になにか乗っていてぎょっとする。
それが何かわかったと同時に、そいつが甘ったるいソプラノ声で言った。

「明日香さん!おはようございます」
「き、きゃあああ!?」

叫ぶや否や、布団の上のそいつを力いっぱい蹴り飛ばす。
壁にぶつかる音と「いった〜……」と聞こえてきてすぐさま「ちょっと、なにするんですかあ!?」とふくれた声がする。
なにするもなにも、お前が何やってるんだ!と言いたいが咳き込んで声が出ない。

腰をさすっているそいつは、私の友達。
……いや、友達ではなくて友達の妹を睨む。

「なんで私の家に」
「桜ねーちゃんの代理で。ねーちゃんバイト入ってそれであたしが来ました」
「なんで私の上に乗ってんの?」
「呼んでもおきなかったから」

息も絶え絶えに「そう」と言ってから、頭の中を整理しようと頭痛で痛むこめかみを押える。

安達桜は私の友人であり、この子小春ちゃんの姉でもある。
昨日の夜風邪をこじらせ意識もうろうとしていた私は確か、安達桜にメールで『風邪で死んだ、ヘルプ!』とドクロマークと共に送り付けた。
そしてその返事は『大丈夫?明日何かもって行くね!』と可愛らしい絵文字で心配してるよっていうのが全力で伝わってくるものだったのに……。
何か持っていくって、これのこと?そうガッカリした目で小春ちゃんを見る。

小春ちゃんは後輩でも、学校が同じだったわけでもない。
大学で安達と出会い、仲良くなってたまたま家にお邪魔したときに会ったのが初めだ。
だが、正直なところ私は懐かれている気がしない。
なぜなら彼女の行動は意味不明で、たまに嫌がらせかと思うこともあるぐらいだ。
バレンタインのチョコレートは「作りすぎた。捨てるのもったいないし腐ると困るから」と言って、見た目があまりよろしくないカップケーキとトリュフを押しつけるように無理矢理くれた。
安達と買いものに行こうと待ち合わせ場所に行くと、なぜか小春ちゃんも一緒にいてなぜか私と安達でご飯代を出してあげたりもした。
でも一番困るのはこの性格。
怒っていたかと思えば急に黙り込んだり、油断すれば突然騒ぎ出す。
小春ちゃんの取り扱いはとても面倒だ。

そんなまさか強力な爆弾をプレゼントされるとは思いもよらなくて。
私はこの子の姉である友人を少しだけ恨んだ。

「小春ちゃん、家にはどうやって入ったの」
「え?鍵開いてましたけど」

うわーしくじった……でもだからって勝手に入ってくんなよぉー……。
不法侵入で訴えたろか、おい。
しかし悪びれた態度もなく、むしろ堂々とした態度で私の目の前に座っている。

「明日香さん一人暮らしの女性がちょっと危機感なさすぎじゃないですか」
「君に一番危険を感じるから」

荒くなる声を押えながらも、彼女の平然とした顔で正論を言えるのが不思議でならない。
額を手で抑えながら小春ちゃんを見ると、ぷいっと横を向いて言う。

「別に心配とかで来たわけじゃないですから。これ、渡してこいって言われたから」
「あっそう……」

いちいちツンツンされてもな……。
そう思いながら渡された袋の中を見ると、冷えぴたやら果物やらごちゃごちゃと入っていた。
安達は確か几帳面なやつだ、そんな安達が薬も冷えぴたも食べ物もひとまとめにして渡すだろうか。
ほんとに安達から?と不審に思う。
袋の中身を出してみると特に怪しいものはなくほっとするが、私に安息の時間はない。
小春ちゃんは私の横にぴたっと座り、「はい」と手を差しだしてきた。

「なに」
「しょーがないから冷えぴた貼り変えてあげますよ」
「いいよ自分でやるから」

そう言い、冷えぴたの箱を開ける。
一枚取り出すとそれを勢いよく奪われ、むっとした私は取り返そうと小春ちゃんの腕を掴んだ。

「いいって言ってるんだけど」
「あたしが仕方なくやってあげるって言ってるんです!」
「仕方なくやられて誰が喜ぶか!」

思わず大声を出すと、くらっと一瞬だけ世界が揺れた気がしてそのまま小春ちゃんの胸にもたれかかった。

「あ、明日香さん?」
「もう無理……」
「え!?あ、あたし、そんなまだ」

もぞもぞと動く小春ちゃんに私の顔はずるずると下に移動していく。
かろうじて視線だけ上げると真っ赤な顔をした小春ちゃんが「あ、駄目!駄目だってば!」とうるさい。
この子なにか勘違いしてる?そう思いながら掴んだ手を私のおでこに持っていく。

「あっつ!?って明日香さん顔真っ赤!」
「だから、冷えぴた」

自分でシートを剥がす前に小春ちゃんが素早く剥がす。
「あたしがやりますよ」と私の前髪をかきあげ、少し荒く張り付けられた。
少し薬臭くて、でもおでこがすーっとして気持ちいい。
仕方なく「……ありがと」と掠れた声で言えば、小春ちゃんにまた顔をそらされ「最初から素直に言えばいいんです」とぶつぶつ言いだした。

「小春ちゃんも顔赤いけど」
「あ、あたしのは!違いますから!!」

それを無視して、自分の手に持っていた冷えぴたを小春ちゃんのほっぺたに張り付けた。

「ひゃっ!?な、なにするんですかぁ!」
「一応」
「い、一応って!余計なお世話です!」

さっきの私より大きな声で言い返され、どっちが余計なお世話だよと眉をひそめる。
布団の上に寝そべると、まだ何か言いたげな小春ちゃんに言う。

「早く家帰りな。うつるから」
「嫌です」
「帰りな」
「熱下がるまでは帰りません」
「……あーもうめんどくさいな。私寝るからね。ちゃんと帰りなよ」

動く気配がない小春ちゃんを一瞥する。
私からそれない視線に煩わしさを感じて「見るな」と言った。

「明日香さんが眠るまで見張ってるだけです」

私はため息をついて「勝手にしてくれ」と言い、頭まで布団をかぶった。





自分の咳で起きた私は手で口元を押さえ、それがおさまるとぬるくなった冷えぴたをはがした。
今何時だろ?と携帯を見ると時刻は3時ちょっと過ぎを指していた。
頭痛は冷えぴたのおかげで多少はましなものの、熱はまだあるみたいだ。
体温計で測ってみると37度5分、明日には治るかなと勝手な期待をする。
上半身を起こして枕元に置いてあったポカリをがぶがぶと飲み干した。

そういえば小春ちゃんは帰ったんだろうか、と横を見ると私の隣で寝ころんでいた。
すーすーと寝息が聞こえてきて、顔に掛っている髪の毛をどかしてやる。
「ぐっすり寝ちゃって」と呟いて、その辺にあった毛布をかけた。
たまに何か言いたげに口元が動いているが、寝顔はなんとも可愛いもので。
あの喋り方とのギャップがもったいないなと少し残念に思った。

立ち上がりキッチンの冷蔵庫へ向かう。
ドアを開けるとひんやりとした冷気が気持ちいいが、ポカリだけ取り出しすぐ閉める。
空になったペットボトルに足し、またしまうとポケットに入れていた携帯からバイヴ音が響いた。
取り出し通話キーを押す。
安達から電話だ。

「安達」
『もしもし?ごめんね明日香ちゃん!具合はどう?薬飲んだ?」
「昨日よりはまし。そんで昼はまだ薬飲んでない」
『ええ!駄目じゃんもう3時だよ!?じゃあご飯もまだなんだね?』

『まったくもー、一人暮らしで辛いのはわかるけどさー』と小言を言われ私は「ごめん」と思わず苦笑いした。
しかしすぐに小春ちゃんのことを思い出し、声をひそめて安達に抗議するように言った。

「てかさ、なんで妹よこしてんの。悪化させたいのかお前は」
『ええ?小春ちゃん明日香ちゃんの家にいるの?」
「いるのって……安達が代理でよこしたんじゃないの?」
『そんなことしないよー!だって明日香ちゃん余計に具合悪くなっちゃうの目に見えてるし!』

おお、さすが姉。
非常によくわかってらっしゃる。
でもそうなってくると、どこか話がずれてくるんだが。

『あーでも、朝あたしが明日香ちゃん具合悪いみたいだから今日バイトの後寄ってくねとは言ったけど』
「……じゃあ、あの大量の冷えぴたと食糧は?」
『なあにそれ?』

安達の間の抜けた声に「あれ?」と、なんだか話が上手く飲み込めない。
私の頭の中では、小春ちゃんが勝手に私の看病をしにきたみたいな方向にまとまりそうなのだが。
それは、私の中ではいまいち考えられなくて余計に混乱する。

『小春ちゃん、明日香ちゃんのこと好きだからねー心配だったんじゃない?』
「……それはないって、この子つんつんしてるし。好きならもっとしおらしかったり好意がわかりやすかったりするでしょーが」

私から見た小春ちゃんは小さな怪獣だ。
いつもぎゃーぎゃー騒いで、私の平穏をおびやかす。
現に私に熱があってもあの態度、好かれてる気は全くしない。

「小春ちゃん、私に対してずっと怒ってるしさ」
『あはは。そうかもね。あ、あたし今そっち向かってるから!おかゆ作ってあげるねー!』
「うん待ってる」

電話を切り、片手にペットボトルを持って部屋に戻る。
キッチンより少し温かい部屋では、さっきまで寝ていた小春ちゃんが布団の上に座りこんで頬を膨らませていた。

「今の電話、桜ねーちゃんですか?」
「そーだけど……。ぐーすか寝てたんじゃなかったの」
「じ、実は起きてたし」

嘘つけと非難の目で見れば、「ね、寝てないんだからね!」と大声で言われ頭がきーんとする。
離れた距離にいるのにも関わらず、この怒声にこの音量。
本当に寝てたくせになんでこうも素直じゃないかなと呆れながら、テーブルに置いてあった冷えぴたを今度は自分で貼った。

「いや寝てたよ」
「病人の明日香さんより先に寝るわけないじゃないですかぁ!」
「あーそう……なんでもいいけどうるさい」

ポカリを一口飲みながら、今の高校生ってみんなこんな感じでうるさいのだろうかと考える。
少なくとも私は3年前そうではなかったと、片手で耳を塞いで布団の上にぺたりと座る。
不意に咳き込むと小春ちゃんの戸惑ったような視線を感じた。
咳が収まると彼女の手が私の頬に伸びてくる。
頬に触れ、私はその行動にちょっと驚きながらもひんやりとした手が冷たくて、目を閉じた。

「あ、明日香さん?大丈夫ですか?」

今度は心配してくれてるみたいだけど、この子は本当に何がしたいのかわからない。
そのとき、ふとさっきの会話が頭に蘇った。
ーー小春、明日香のこと好きだからねー心配だったんじゃない?

「もういいよ。安達……じゃなくて、桜来るから」

呼び慣れない安達の名前に、ぴくっと小春ちゃんが反応する。

「桜ねーちゃんにうつったらどうするんですか」
「申し訳ないなと思いつつ、元気だせってメール送る」
「最低」
「うるさい。親御さんに任すのが一番だよ。まあ見舞いは行くけど」
「じゃーあたしは?」
「なんでそこで小春ちゃんが出てくるのさ」

そう言えば彼女は一瞬だけ悲しそうな顔をしてすぐに「言ってみただけですし!桜ねーちゃんいるから別にいいもん」と早口で言う。
でも少しだけすねたような言い方で、私はまさかねと思いながらも考えないようにした。

「お見舞いの品ぐらいは、桜に渡しとくよ」
「え」
「えってなに」

「別に」とどこか不満気に呟く姿は、少し嬉しそうにも見えた。
百面相かこの子はと呆れたくもなり「単純」と呟けば「なにか言いました?」とすぐさま言い返してくる。
これだけつっかかってくる子も珍しい、これでも私のが年上だし……なめられてるのかなと頭をかく。

「小春ちゃんて、よくわからない」
「なんですかいきなり」

なんだろな、こうぴったり当てはまるような言葉があるはずなんだけど。
それがなにかわからない、まあ別にいいのだけど。
前からたまに思うことがあるのだ。

「そういえば明日香さんまだ具合悪い?治った?」
「……そうすぐ治るわけないだろー」

顔をしかめて言えば、小春ちゃんも「えー」と顔をしかめる。
看病と言える看病もしてるわけでもないのによくそういう顔出来るなこの子、とある意味尊敬する。
しかし急に顔をぱっと明るくさせたその表情を見て、今度はなんだと私は眉根を寄せた。

「あたしにうつせばいいじゃないですか」
「は?」
「だから!あたしにうつせばいいんですよ!」

ふざけた調子で、どこかやけ気味に言うから私は何言ってんのこの子と思いながらも「具体的には?」と尋ねた。

「一緒に寝るとか」
「さっき寝てたじゃん」
「ね、寝てない!えっと……明日香さんが飲んだポカリをあたしが飲む」
「私の貴重な水分がなくなるから却下」
「えー……じゃあ、あとは」
「まだあんの」
「キス、とか」

小春ちゃんが、何も考えてないような顔で簡単そうに言ってのける。
無表情のまま小春ちゃんを見ると、彼女は無反応の私に小首を傾げた。
ああ、やっとわかった。
そうだ、この子は馬鹿なんだ。

私はぐっと身を乗り出し、にじり寄る。
小春ちゃんが「え?」と戸惑いながら後ろに下がる。
手を伸ばすと、びくっと肩をすぼめながら私のことを怯えたような眼で見た。
ゆっくりとした動作で近づいて、そのたびに小春ちゃんが僅かに下がる。
無言のまま壁まで追い詰め、壁に手をつく。
そして耳元で、わざと低い声出して言った。

「うつしていいんだ?」

熱で火照った指先と、小春ちゃんの肌の色はよく似ていた。
頬に手をそっと触れるとまた肩が震え、小春ちゃんの吐息が私にかかる。
「あ、あの、明日香さん」と呼ばれ、しおらしい声に私は唇の端を上げる。
そのまま手を滑らせ、視線をゆっくりと合わせた。

「あほ」

ぎゅっと鼻をつまむと「いっひゃい!!!!」と高い声で叫ぶ。
私はぱっと手を離し何事もなかったかのように布団に潜り込んだ。
期待するような、すがるようなあの目はそういうことだと言われたも同然。
はてさて、あの反応はどう受け止めればいいのやら。
玄関のチャイムが鳴り「明日香ちゃーん入るよー?」と安達の能天気な声が響いた。
私は無表情のまま目だけ動かして、真っ赤な顔で口をぱくぱくとさせている小春ちゃんを見る。

小さな怪獣ちゃん、おとといおいで。
私はごろんとあお向けに転がって「お子様だねえ」と呟いた。


終わり


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あとがき
そしてまた「〜っ!お子様じゃないです!」と小春が騒ぎだして再びバトル!
どうも、フジタです!この度は1周年おめでとうございます!
そして一本お話を書かせていただきましたー
リクエストをいただいた「ツンデレ」「寝てないんだからね!」「明るいお話」を詰め込み詰め込み
気にいってくださると幸いです……!
これからも応援しております、そして可愛い女の子に幸あれ!

 

 

 

 

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