☆まぐわいはディナーの後で☆


 お嬢様は険しい顔でじっとテーブルに並べられた料理を凝視していた。
 その前に食器を置きながら、私は彼女の顔をさりげなく盗み見る。柔らかそうな品のある金色の髪、同じ色の長いまつげ、そして輝きそうなほど白い肌。たとえ眉間に皺を寄せていても、彼女の気品に満ちた美しさは全く揺るがない。

「……イザベラ」

 食事の支度を全て終えると同時に、お嬢様が私の名前を呼んだ。

「はい。何でしょうか、お嬢様」
「今日の夕食の献立を考えたのは、君だな?」
「もちろんです。旦那様からお嬢様の一切のお世話を任されていますから。お嬢様の朝昼晩の献立を、毎日考えています」
「……私の嫌いなものは知ってるな?」
「もちろんです。お嬢様の一切のお世話を任されていますから」

 私は指を折りながらお嬢様の嫌いなものを上げていく。とっくの昔に暗記していたので、つまることなくすらすら言えた。
「にんじん、ピーマン、たまねぎ、カリフラワー、ブロッコリー、コーン、トマトですね。野菜ばかりです」
「その通りだ。それで……これは、どういうつもりだ?」

 お嬢様は目の前の料理を指さした。時に霜降りの肉に添えられるように、時に調理されたものの中に混じって、時にサラダとなって、お嬢様の嫌いな野菜たちが全ての料理の中に混ざっていた。それも、目に見える形で。

「おっと。私としたことが、ついうっかりお嬢様が嫌いなものを全部の料理に入れるようコックに指示してしまいました」
「どう考えてもわざとだろうが!」
「さあ、何のことでしょう」

 私はあくまで素知らぬ態度を突き通す。

「何はともあれ、好き嫌いばかりしていては大きくなれませんよ、お嬢様」
「私は小さな子供ではない! 十六歳の立派な淑女だぞ」
「あら。十六歳の立派な淑女なら、食べ物の好き嫌いなんてありませんよね?」

 そこでお嬢様がぐっと喉に何かを詰まらせたような顔になった。そんな可愛らしい反応をされてしまうと、私のいたずら心に火がつかないわけがない。

「それともお嬢様、もしかして食べられないというのですか。今日の食材は最高級のものを仕入れたと、コックが満足げに申しておりましたが」
「うっ」
「お嬢様においしく召し上がっていただくために、試行錯誤を重ねて苦労しながら料理を作った、とも聞きました」
「ううっ」
「お嬢様においしいと感じていただけるのが何よりも嬉しいことだと、いつも話していましたっけねぇ」
「うううっ」

 俯いて呻いていたお嬢様は、やがて意を決したように並べられていたフォークとナイフを手に取った。

「……そうだな。私のわがままで、彼らの努力をふいにすることはできない」

 勇ましくそう言ってみせたものの、なかなか料理に手が伸びないようだった。それでも自分に仕える者のため、自分の嫌いなものをも食してやろうという心意気は伺える。なんて健気なお人なのだろう、と私は自分が元凶であるにも関わらず涙を流しそうになった。

「……もう。仕方ないですね」

 私は手に取ったフォークで、サラダの中のプチトマトを刺してお嬢様に差し向けた。

「はい。あーん」
「……何の真似だ?」
「こうしたら、ちょっとは食べやすくなるかと思いまして」

 まあ私がこうしたかっただけなんですけど、と付け加える。お嬢様は呆れたようにため息をもらした。

「やっぱり、君の仕業だったんじゃないか」

 観念した彼女は戸惑いがちに口を開けて、差し出されたプチトマトをゆっくり頬張った。

「んっ……くっ……んくっ」

 口元を押さえながら、やや苦しそうな様子で、彼女はトマトを咀嚼して飲み下した。トマトの汁が口元からつう、と流れていく。私の目にはそんなお嬢様がとてつもなく官能的に映って、完全にスイッチが入ってしまった。

「ど、どうだ。わ、私も立派な淑女だろう」
「そうですね。よくできました。ご褒美です」
「ご褒美? ……ちょっ」

 屈みこんだ私は、すかさずお嬢様の唇を奪った。重なりあった唇の隙間から、彼女の艶やかな声が漏れる。

「イ、イザベラ……こんなところで……」
「ご心配なく。ここには私とお嬢様しかいませんし、料理を運んできたときに鍵をかけましたから」

 舌を入れて、彼女の口の中を余すところなく巡っていく。メインディッシュの舌にたどり着いた時は、彼女は私の首にしがみついて、溶けそうな顔をしていた。舌に舌を絡ませながら、確かにあのトマトは最高級のものだったみたいだ、と私は納得した。……本当に、うっとりするくらい、甘い。
 たっぷりとキスに時間をかけて、満足した私は口を離した。お嬢様は惚けたような顔で天井を見つめている。唾液で汚れた口元を、私はナプキンで丁寧に拭いてあげた。

「お嬢様」
「……何だ」
「不躾ですが、私……」

 私はお嬢様の耳元に顔を近づけて、あえて吐息がかかるように囁いた。

「……今夜、お嬢様をめちゃくちゃにしたい気分なのですが」

 途端に真っ赤な顔になったお嬢様は、スカートの裾を握りしめて小さく頷いた。私はこの場で手を出しそうになるのを懸命に堪える。

「では夕食の後、シャワーを浴びてください。……寝室のベッドは、既に整えてありますので」

 てきぱきと告げる私を、お嬢様は潤んだ瞳でじっと睨んできた。

「イザベラ……最初から、そのつもりだったな」
「さあ、何のことでしょう」

 もちろんその通りだったが、私はやっぱり知らんぷりを決め込むのだった。





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こんにちは。湧水さんにはいつもお世話になっています。天空日和の青白(あおしろ)と申します。
私事ですが自サイトの天空日和が60000HITということで、湧水さんから大変素晴らしい作品を頂いたので、今回お返しという形で一筆書かせていただきました。
といっても完全に僕のわがままであり突然の提案であったので、快く受けてくださった湧水さんには本当に頭が上がりません。ありがとうございます。

さて、湧水さんからいただいた「健気キャラ」「食事シーン」「こ、こんなところで」という3つのキーワードを元にお話を膨らませてみたのですが、いかがでしたでしょう。
結構僕の趣味に傾いてしまった作品ですが、楽しんでいただければ何よりです。

それでは、湧水さん。今回は本当にありがとうございました。作品相互交換もできて大変嬉しかったです。
貴サイト様のたくましい繁栄を祈っております。

天空日和 青白より



 

 

 

 

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