Look at me その3


「ねえ・・・ちょっと、蘭ちゃん?」
私の目の前で、見慣れた白い手がひらひらと舞う。
ハッとなって我に返ると、そこは生徒会室。
思わず周囲を見渡すと、左側から私を心配そうに覗き込む由梨がいた。

真っ直ぐ艶やかに流れる漆黒の長い髪、優しくおっとりとした印象の黒目がちな瞳、
小さな鼻に小ぶりな唇、化粧はせず健康的な赤みを湛えた頬。

「どうしたの?ボーっとしてたみたいだけど・・・体調悪いの?」
私を憂慮してハの字に歪められた眉も含めて、全体的に可愛い造りの顔が接近して少し心が弾む。
「あ・・・えぇ、大丈夫よ。白昼夢を見ていたみたい。」

他に誰もいない放課後の生徒会室。
気だるい午後の書類書きのせいで、うっかり魂がお散歩に出てしまったようだ。

「無理しないでね? あとはわたしがやっておくから、帰ってもいいよ?」
由梨の気遣いは嬉しいけど、体調は悪くないし、仕事は終わらせてしまいたい。
「ふふ。あとは教頭に提出するだけだから大丈夫よ。ありがとう。」
小さく微笑みを返して、私は学生に募集した学食の新メニュー案の書類にハンコを押す。
なかなか面白い案が出てきたけど、私好みじゃない。
まぁ別に、私は学食なんて行った事ないから、皆の意見の方が現場に即したものと言えるかもしれない。
私の好みに合わせるとしたら・・・学食の調理師全員から入れ替えなければならなそうだし。

書類を封筒に入れ、会長椅子という名のパイプ椅子から立ち上がった私と由梨は、
除湿の効いた部屋を出て、6月のじめじめした廊下を教員室へと向かう。
「そうだ。ねぇ由梨。今度、どちらかの家で遊ばない?」
1年以上も友達しているのに、まだどちらの家でも遊んだことがなかった事をふと思い出す。
「え?ホントに!?わたし、蘭ちゃんのお家行ってみたいな。」
私の後ろを歩いている由梨の嬉しそうな声が、湿度の高い廊下を鮮やかに通り抜けてゆく。

「えぇ、由梨には是非遊びに来て欲しいわ。」
自然と唇に笑みが浮かんでしまう。
「ありがとう。蘭ちゃんのお家、大きいんでしょ? お金持・・・」
そこでハッとした様に、由梨が言葉を止める。
「えぇ・・・大きいわよ。」
言いかけた由梨の言葉に、少し声のトーンが下がる。

私が嫌うこと。家柄を話題に上げられること。

由梨はそれを知っている。
わざと言ったわけじゃないのは私だって分かってる。
今の会話の流れなら出てきても然るべきことだった。

それでも言わないで欲しいこと。私にはそれがある。

教員室の手前で少し歩くペースを上げた私の横から、由梨が慌てたように頭を下げる。
「あ・・・あの、ごめんなさい・・・その・・・」
その言葉は私が強めに扉をノックする音でかき消され、あまり聞き取れなかった。
「生徒会です。失礼します。」
教員室のドアは、いつもより少し重く感じた。

 

 

 

 

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