Look at me その21


月曜日−

「蘭ちゃん。おはよー。」
私が校門をくぐろうとすると、駅の方から登校してきた由梨が私を見つけて大きく手を振る。
生徒会長おはようございます、なんて頭を下げてくれる下級生にも小さく挨拶を返しながら到着を待つ。

笑顔を浮かべたまま小走りでやってくる足元が心配でならない。
あー、ほら、前を歩く子にぶつか・・・らなかったみたい。
で、避けた拍子に、よろけてつまづ・・・かなかったようね。
「おはよう。由梨。」
「えへへ。おはよー。」
ふぅ・・・一人歩きを始めたばかりの子供の親って、こんな気持ちかしら。
2度目の挨拶を済ませた由梨を従え、私たちは校庭へ足を踏み入れる。

「蘭ちゃん、土曜日はありがと。楽しかったよ。」
「えぇ。楽しんでもらえたなら良かったわ。」
この台詞はその日の帰り際にも言ったはずだけど、日を改めても言うなんて余程心に残ったのね。
由梨の前を歩く私の微笑みを、前から歩いてきた学生が見惚れたように見送る。

「それでね、もし良かったらなんだけど・・・」
いつもより近い位置から聞こえてきた声に、思わず足を止め振り返る。
「今度は二人きりで遊びたいな。」
私よりほんの少しだけ下から上目遣いで訴えてくる仕草が、私の暗い心の鉤爪を呼び起こしそう。
「もちろんいいわよ。由梨はどこへ行きたいの?」
廊下の端に寄り、通行の妨げにならないよう由梨との距離を一歩詰める。
「まだ具体的にどこかって訳じゃないんだけど、バスに乗って買い物に行くとか、電車に乗って食事に
行ったりとか、その、デートっぽいことしたいなって・・・」
尻すぼみになる声と、徐々に逸らしていく視線。
朝からゾクゾクと危険な感情が胸を締め付ける。

「ふふ。なら、次回のプランは由梨にお任せするわ。考える時間は沢山あるんだから、できるでしょう?」
「うん!蘭ちゃんも行ってみたいところあったら、教えてね。」
頬を染め、満面の笑みで頷いた由梨は本当に可愛い。
「そうね・・・夜景が綺麗でオシャレなホテルに泊まりたいかしら。」
作り笑顔で耳元に囁くと、由梨の顔が瞬時に赤くなる。
「えっ・・・ホ、ホテル?」
ふふふ。こういう冗談は時間帯を考えて言わないといけなかったわね。

「嘘よ。じゃぁ、由梨。今日の放課後は定例会議だから忘れないで頂戴ね。」
くるりと向きを変え、肩越しに手を振ってから自分の教室に入る。
いつもと変わらない風景。
少しだけ変わった、由梨との関係。
そんな考えに心の中でにやけながら、私は悠然と席に着く。
「岩淵さん、この間の学食の新メニューって、生徒会で通してくれたんでしょ? 来月から始まるんだって。
すごく楽しみー! ありがとうね。」

鞄の中身を机に移していると、クラスメイトが近寄ってきて突然感謝を述べた。
そういえば学生案だけでなく、こんな手回しもしたわね。
「よかったわね。家庭科の豊岡先生が管理栄養士の資格をお持ちでね。今後は野菜を多く使ったメニューを
毎月考えてくれるそうよ。」
タダで使える人材が学食の売り上げに貢献してくれたら、発案元である生徒会の予算も増えると言うもの。
学生が喜び、教師がやりがいを感じ、学校も生徒会も儲かる。
私の勉強が役に立ったということね。

「へー!すごい!さすが岩淵さん!わたし、今年の生徒会応援しちゃうから!」
ちょうど予鈴が鳴り、それだけ言うと彼女は席に戻る。

不思議なものね・・・
由梨が生徒会の話を言い出さなかったら、私はこんなに嬉しい気持ちを感じることがあっただろうか。
今も、これからも、私は由梨にこの感謝を伝えたい。

・・・やっぱり、さっき言ったホテルを予約しておこうかしら。


fin

 

 

 

 

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