30000HIT 記念リクエスト
 Price of Prize


「ねぇ、お姉ちゃん。 このぬいぐるみ、ちょーだい?」

日曜の昼下がり。
一人暮らしのあたしの様子を見に来ている姉貴と共にやってきたその娘、つまり姪っ子が、上目遣いであたしを
覗き込みながらそう言った。
指名されたのはリビングにほったらかしにしていた、先週会社帰りに何となく立ち寄ったゲーセンで捕った
UFOキャッチャーの景品。
何かのアニメのキャラらしいけど、観てないあたしには犬だか狐だか兎だかよく分からない謎のクリーチャーに
しか見えない。
愛くるしさだけを追求したのであろうそのキャラクターのぬいぐるみを両手でしっかりと握りしめたユキちゃんが、
ソファーへ向かおうとするコーヒー片手のあたしの前に立ち塞がった。

「欲しいの?」
「うん。欲しい!」
目をキラキラと輝かせながら、ようやく年齢が2桁になったユキちゃんは即答する。
「こーらー、美雪。 何でも欲しがるんじゃないの。」
洗濯物を取り込みながらベランダから飛んできたのは、とても怒ってる様には聞こえない間延びした姉貴の声。
「えー! だってこれ、ミラクルペット ポムポムの ミカミカちゃんだよ? お母さんだって知ってるでしょ?」
ポムポムだかミカミカだかゲレゲレだか知らないけど、ベランダに向けた熱弁が二日酔いの頭にキーンと響く。

「これ、そーゆー名前なんだ。」
名前が判明したぬいぐるみの眉間を人差し指でふにっと押し、体を入れ替えるようにユキちゃんとテーブルの
間を抜けて目的地に埋まるように腰掛ける。
「お姉ちゃん、知らないの? 私のクラスの子はみんな観てるんだよ! 土曜日の朝! 9:30から!」
ソファーに座ったあたしの脚を跨ぐようにどっかりと座り込んで発せられた、子供が主張するとき特有の
ソプラノボイスがあたしの脳を揺さぶる。
「知らないよー。そんな時間寝てるもーん。」

興味無しのあたしの態度に腹を立てたのか、ユキちゃんは分かりやすく口を尖らせて眉を顰める。
「お母さーん! お姉ちゃんてば、フセッセイな生活してるよー!」
こらこら、どこでそんな言葉覚えてくるのよ。
あたしの脚の上でベランダを振り返り、わざわざ大声で姉貴に報告する。
「こーらー、沫理。休みだからって遅くまで寝てたら駄目よー。」
娘を叱るのと同じ口調で諌められ、あたしは反論する気力も失せてコーヒーを一口含んだ。
苦味が、ギアの上がらない頭に染み渡る。

「ねー、いーでしょー、お姉ちゃーん。 私の方が、この子を幸せにしてあげられるよ!」
丈の短いデニムスカートが捲れ上がるのを気にもせず縋りつき、脚の上に居座って真剣な眼差しで訴えかける
ユキちゃんの言葉に、あたしは姉貴がドラマを観過ぎている気がしてならない。
「ぬいぐるみの幸せか・・・ 考えたことも無かったよ。」
マグカップをテーブルに置き、ふと天井に視線を流す。

「じゃぁさ、あたしの幸せは考えてくれないの?」
確かに今のあたしの機嫌は悪かったけど、自分でもこの質問はないなと、言ってから思った。
キョトン顔であたしを見つめるユキちゃんの口が半開きになっている。

大きく吸い込んだ空気が、大人気なかったという罪悪感に変わってふぅと鼻から溢れた。

「ごめん、なんでもない。 いいよ、持って行・・・」
「私が・・・お姉ちゃんも幸せにしてあげる。」

ユキちゃんが、あたしの胸に頭を押し付けてそのまま体を預けてきた。
シャンプーの匂いと、陽だまりのような若い匂いが、あたしに衝突してふわりと巻き起こる。

子供がふざけて言ってるだけなのに。
ただの売り言葉に買い言葉なのに。
わかってるのに。

何で動揺してるのよ、あたし。

「お、おバカ。 軽々しくそんな事言うんじゃないの。」
ぶわっと上半身から汗が噴き出した様な、いやな感じがあたしを駆け抜けた。
「どーして? 私、お姉ちゃんの事好きなのに。」
肉付きの薄いユキちゃんの脚が、絡みつくようにあたしの脚に押し付けられて密着度が高まる。

胸元から餌を懇願する仔猫のような瞳を向けられて、何故か鼓動が速くなっている事に戸惑う。
な、なに?なんで?

「あの、ユキちゃん? その好きは、たぶん、こーゆー時に使う好きじゃないと思うんだけど・・・」
すっかり視線が彷徨っているあたしに、止めの一撃が、舞い降りた。

ちゅ。

「こーゆー好きだよ?」

躊躇いも無くあたしの唇を射抜いた、初々しい唇の弾力。
ゾワリと、背筋を何かが走り抜けた。
先程まで感じていた無邪気な笑顔が、ほんの一瞬だけ、年不相応な妖しさを帯びた事に気付いてしまったから。


「・・・って言われると、大人の人って幸せなんでしょ?」
ぱっと、見つめていた目の前のユキちゃんが元の明るい笑顔に戻った。
そう言われた瞬間、奪われたあたしの唇の形が、ピキッと片側だけ持ち上がったのは至極当然のはず。

あたしが錯乱の叫び声を上げるよりも、ユキちゃんは一瞬早く飛び退いて、頭の上にナントカいうぬいぐるみを
掲げてくるりと一回転。

「あ〜ね〜き〜〜!! 子供にどーゆー教育してんのよー!!!」
「あははは! お姉ちゃん怒ったー! テーソーのキキだー!」
明るいはしゃぎ声が、ベランダから戻ってきた姉貴の陰に隠れて弾ける。
「わーーーー! 何てこと言ってんのー!」
「こーらー。 二人ともいい加減にしなさーい。」

刹那とはいえ弄ばれた、あたしのドキドキを返してよ!!



fin


 

 

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