Price of Prize 2   その4


「ところでユキちゃんさぁ。」
美味しかった朝食のご馳走様を告げて小さな食器洗い機を開けると、ユキちゃんが使ったであろう食器が既に
洗われる準備を終えていたので、あたしは二人分を収めるためのパズルを開始する。
「ん? なーに?」
ソファーの真ん中から間延びした返事をしたユキちゃんの手元には、本人が先々週ここに遊びに来た時に部屋の
片隅に放置していったローティーン向けファッション誌。

「あんまり良く覚えてないんだけど、昨日あたしが帰って来た時、ここにいた?」
お恥ずかしい話だけど、それは確認しておかないといけない。
夢ならそれで構わない。
でも、もし本当にここにいたのなら一緒に姉貴も来ていたはずだけど・・・
そんな事を考えながらだからか、どうしてもマグカップが食器洗い機に入りきらない。

「うん。 お姉ちゃんが帰って来るの待ってたのに全然帰ってこないんだもん。寒かったよー。」
雑誌を手放してこちらにやってきたユキちゃんが、カウンター越しに苦情を申し立てる。
「そっか・・・ごめん。 でもさ、姉貴と一緒に入って待ってればよかったのに。」
わざわざ寒いエントランスで待っててくれたのかと思うと、昨夜の自分の行動を反省せずにはいられない。
「鍵が無いのに入れるわけないじゃん。」
そう言い残してソファーに戻ったユキちゃんのショッキングピンクのトレーナーに描かれている世界一有名な
ネズミのキャラクターが、座った拍子にぐにゃりと歪んで凶悪な表情であたしを睨みつけている。

「姉貴が持ってるでしょ?」
「お母さん来てないよ。」

え・・・?
「てことは、ユキちゃん一人でずっとあそこに居たって事?」
「うんー。 寒かったし、寂しかったよー。」
苦情の量を増やしてもう一度訴えかけるユキちゃんは、膝上5センチ丈のデニムスカートから延びている生足を
組み替えて再び雑誌を開く。

「何で、そんな夜中にユキちゃん一人で?」
沸き起こった疑問が、考える間もなく口に出ていた。
近いとはいえ、姉貴の家はJRで3駅離れた場所だ。
そんな時間に『ちょっと行ってくる』で、小学生が気軽に来れる距離ではない。

「ん・・・  それよりお姉ちゃん、昨日部屋まで連れてくるの大変だったんだよ。 変なおじさんがいたから
良かったけど、入口んとこで吐いちゃうしさ。 あれも私が片づけたんだからね!」
ビシッとあたしを指差しで射抜いて、ユキちゃんが眉を歪ませる。
変なおじさんとは、福田の事だろうか。 確か、何かを決意したような気がしたけどやっぱり覚えていない。

しかし・・・ それを言われると、苦しい。
ユキちゃんがいてくれて助かったのは、紛れも無い事実だし。
「それに、私の靴と靴下にもお姉ちゃんの吐いたのが掛かっちゃったんだよ!」
あたしが言葉に詰まったのを察したのか、ユキちゃんは畳み掛けるように昨夜の状況を突きつけてくる。
どうやら、ユキちゃんが素足でいるのはそれが原因のようだった。
ふとベランダに視線を走らせると、物干し竿には黒くて細長い布が2枚、寒風に身を寄せるように靡いていた。

「靴も洗ったけどー、いくら大好きなお姉ちゃんのとはいえ、ちょっとねー。」
わざとらしくて棒読みなセリフが何を求めているかはすぐに解った。
ユキちゃんが開いている雑誌のページは、シューズ特集の所を行ったり来たりしているから。
「はいはい、分かったわよ。 それで、どうしてユキちゃんが一人でここにいるの?」
「ホントに!? やったー! じゃ、私、コレかコレがいい!」

たぱたぱと駆け寄ってきたユキちゃんは雑誌を広げて2か所を指差す。
どっちもなかなか良いお値段だけど・・・仕方ない。
しかし、妥協してはいけない事が、あたしの発言の後半に残っている。
「そうね、この後、駅前の靴屋で売ってるか見に行こうか。 で、ユキちゃん、どうして一人で・・・」
「あはっ! さっすがお姉ちゃん! 話が早いねー。 じゃ、私、準備してくる!」

あたしの肩をぱしんと叩いて、ユキちゃんはあたしの話の腰をポッキリ折ってしまった。
なんか、怪しい。
3度も意図的に答えないなんて、何か持っているに違いないとあたしの勘が告げている。

部屋の壁に掛けてある自分のジャケットを取ろうとしているユキちゃんの背後に忍び寄り、あたしはその小さな
肩を抱き締めて問いかける。
「ユキちゃん。 靴はホントに買ってあげるからさ、どうしてここに一人でいるのか教えて。」
あたしのその一言に観念したのか、ユキちゃんは自分の手をあたしの手に重ねて動きを止める。
何も答えない艶やかな黒髪の後頭部を見つめながら、返答を待つ。

「・・・怒らない?」
先程までとは比べ物にならない程小さな声が、遠慮がちに零れ落ちた。
「うん。 怒らないから。」
本当の事を話してくれるよう願いながらそう促すと、あたしの腕の中で小さな頭が僅かに頷いた。

「・・・あのね。 お父さんと喧嘩して、出てきちゃったの。」




 

 

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