Price of Prize 2   おまけ


昨日までは街中に綺麗なクリスマスイルミネーションが輝いていたけど、今はもう来年をお迎えする言葉が
駅前商店街の至る所に掲げられている。
今日のお昼ご飯の買い出しをしているおばちゃんくらいしか見当たらない冬休みの地元はちょっと閑散。
お姉ちゃんに買ってもらった靴が入った黄色いビニール袋を手に、私は寒いアーケードを抜けて家へと急ぐ。
歩く度にかさかさと音を立てるそれは、早くそれを履きたいという私の気持ちみたい。

 

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「あー! くっそー・・・ なぁ、美雪、もう一回!」
「えー、お父さん、最大ハンデでやった方がいいんじゃない?」
私の横でゲームのコントローラーを悔しそうに握りしめるお父さんが、段々可哀そうに思えてくる。
「いや、それじゃ美雪に本当に勝った事にならないからな。」
さっきからずっと 2 : 5 ハンデになっていることにも気付かないまま、お父さんは同じキャラを選び続ける。
「じゃー私がキャラ替えるよー。」
普段は使わないガチムチマッチョなオッサンキャラを選択して、私は決定ボタンを押す。

先週発売された格闘ゲーム『喧嘩ストリート[〜この先生きのこるのは誰だ!〜』を、普段はあんまりゲーム
なんてやらないお父さんが買って来たのは、どうやら私と一緒に遊んで欲しかったからだったみたい。
「お父さんな、これの1作目では毎日ゲーセン通ったりしてすっごく強かったんだぞ!」
そう言って学生時代の思い出に浸るお父さんを、私は容赦なく何度も倒した。
一昨日冬休みに入ってからも毎晩のように、仕事から帰って来たお父さんを、返り討ちにしまくった。
それでも何度でも立ち上がってくるのが、ウチのお父さん。

「お、お、おおぉ! やった、勝った! はは、やったぞ!」
お父さんのキャラの手から飛び出すナニカが、回想に耽っていて間合いに入れない私のキャラを打ちのめした。
ようやくの勝利に浸るお父さんの横顔は、私よりもよっぽど子供みたい。

「よし、この調子だ。 美雪、もう負けないぞー!」
「えー、勝ったんだからもういーじゃーん。」
お父さんなんかに負けたことで、私のやる気は完全に失われたというのに。
「なんのなんの。 これからが・・・」

・・・殺気?
突然、何かに射すくめられて、私とお父さんは同時に後ろを振り返る。

「美雪、あなた、そろそろお風呂に入ってくれないかしら?」
腰に手を当てて背後から私達を見下ろすお母さんが纏うのは、ラスボス顔負けの赤黒いオーラ。
顔はにこやかなのに、お母さんが3倍くらいの大きさに見えるのは気のせい・・・だよね?

「あー・・・ お父さん、なんか寒くなって来たからお風呂入るかなー。」
私と顔を見合わせてコントローラーをテーブルに置き、お父さんはそそくさとリビングを去っていく。
寒さの原因は、12月だからとか言う理由じゃないのは明らかだった。

「ねぇ、お母さん。 毎日お父さんの相手してるの疲れるよー。 弱いし。」
空気を変える為、私は『ラスボスより強いラスボス』に相談を持ちかける。
「んー、そうねー。 じゃ、沫理の家にでも遊びに行って来ればいいんじゃない?」
話が逸れていつもの大きさに戻ったお母さんに、私は心の底からほっとする。

「夜だよ? いーの?」
「知らない場所じゃないし、いいわよ。明日の夜ね。 今から連絡しとくわね。」
私の質問に、どういう訳か乗り気なお母さんの後姿を見送り、私はゲームを片付ける。

「あら、留守電。 まぁ、メッセージ入れとけば大丈夫よね。」

 

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そんな声が聞こえたのを、私は昨日まで気にも留めていなかった。
お姉ちゃんは留守電のメッセージを聞いててくれなかったみたいで、私はマンションの入り口で待ちぼうけ。
私が電話してもメールしても全く返事が無かったのは、どうやら忘年会だったからだったみたいだけど、
それにしてもあんまりだ。
折角仲良くなれそうだったから敢えてそれを言わなかったけど、お姉ちゃんなんて不在着信と未読メールが一杯
あるのに気付いて泣きながら謝ってくればいいんだわ。
心の中で、私はフンと顔を背ける。

商店街を抜け、私は住宅地に差し掛かった。
角を曲がった時に吹き抜けた年末の風に晒された顔と太腿が、ぴりぴりと寒い。

『お父さんと喧嘩した』って言ったのを、なんか誤解してたみたいだったけど問題はないよね?
わざと答えないでいたら、お姉ちゃんったら心配してムキになっちゃって、可愛かったなー。
それでも、私を叱ってくれて、教えてくれるから、嫌な気分どころかほんわか温かい気持ちになれるんだ。
私は気付かなかったけど、寒空の下でニヤニヤしてるなんて他所様が見たらきっと不審に思うに違いない。

ふふ、まぁ、でも、結果的にはお姉ちゃんともっと仲良くなれたし。
あとは、お姉ちゃんと約束した通り、今夜お父さんにちゃんと話そう。

『お父さん、弱すぎ!』って!!

そうしたら、お姉ちゃんも私の事子供扱いしないって言ったもんね。
買ってもらった靴の袋にお姉ちゃんを重ねてぎゅっと抱きしめる。
お姉ちゃんが買ってくれた靴。
・・・嬉しい。

「美雪ちゃーん!」
私がお姉ちゃんで脳みそをいっぱいにしているところに、聞き覚えのある高い声が響く。
声のした方に顔を向けると、友達が水色の手袋をした手を大きく振っていた。
「佐紀ちゃん。」
パタパタと駆け寄って来た友人の名を呟き、私はそちらに向き直る。
「これから美奈代ちゃんちに遊びに行くんだけど、美雪ちゃんも一緒に行かない?」
仲のいい友達の名前が出て来て即答しそうになったのを、私はぐっとこらえる。

「あ、うん、ごめんね、一旦家に帰ってからでいい?」
そう告げる私が抱き締めたままにしている物に、佐紀ちゃんの視線が行き当たる。
「それ、なに? お使いの途中?」

小首を傾げて尋ねられ、その『聞かれた』って事自体が、なんだかすごく嬉しかった。
なんでかな、私には、分からなかったけど。
でも、好きな人から貰ったなんて、とても言えなくて。

「ううん。 これね、クリスマスプレゼント!」
私の満面の笑みの意味に気付くはずも無く、興味を失った佐紀ちゃんは「じゃぁまた後で」と手を振って
小走りで去って行った。

いつかきっと『好きな人から』って、胸を張って付けられるように、なりたいな。


fin

 

 

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