湧水からのバレンタイン☆
 The truth is always one!
 

「「おつかれさまでした。」」
湯島生徒会長が小さく頭を下げ、今日の生徒会はお開きとなった。
出席していた関係各員や職員がぞろぞろと生徒会室を後にする。

「はぁ〜。終わった終わった。疲れたぁ〜。」
かすみは大きく背伸びをして仰け反ると、そのまま後頭部を私の胸に押し付けてじゃれつく。
「ちょっと、かすみん。痛い、痛いってば。」
この場に残ったあと二人の視線を気にして、私は恋人の悪戯を嗜めた。

「ふふ。今日も仲が良いのね。永江さんと当麻さんは。」
そう言って微笑んだ生徒会長は、校内でも完璧超人の呼び声高い才色兼備のお嬢様。
その上、全く嫌みのない朗らかな人格者と、性格まで完璧ときてるから人望も厚い。
「それは結構な事だけど、今日ここに残った目的は忘れないで下さいね。」
チクリときつい言葉が特徴的な岩淵副会長は、わが校の伝説の生徒会長『岩淵 蘭』さんの従妹にあたる人。
さばさばした合理主義者でちょっと冷たいところもあるけど、学生とは思えない視野と思考能力の持ち主で、
会長とはまた違ったタイプの才色兼備のご令嬢。

「そぉだよ〜。今日はバレンタインのお茶会だもんね。」
当麻さんと呼ばれた当麻 かすみは生徒会の書記で私の恋人。 ・・・恋人って紹介するの恥ずかしいなぁ。もぅ。
天然ぽわぽわで、なんだか放っておけない可愛いクラスメイトでもある。
「楽しみだよね。会議終わりのお茶会はいつも。」
たぶん、この中で一番『普通』な私は永江 公乃。 きみの、だからかすみにはみのちゃんって呼ばれてる。
コンピュータ関係の仕事を目指してるから、スキルを生かし生徒会では会計担当。

「そうよ。みんないつも頑張ってくれてるから。少しだけど、楽しい時間があってもいいと思うの。」
会長はそう言いながら、ロッカーに隠してあるティーセットを無骨な生徒会のテーブルに並べる。
「だよね〜。あ、わたしやる〜。」
お茶を淹れるのはかすみの役目。私は先程まで部屋の片隅でこっそり沸かしていた電気ポットを持ってくる。
「えぇ。このメンバーで生徒会をやるのも、思えばあとわずかですものね。」
脚を組んで座ったままの副会長が、柄にもなく感慨深げな言葉をこぼした。
「す・・・岩淵さんは、来年度、会長やるつもり?」

す・・・?
ピクリと、私は我が耳を疑った。

す・・・

会長は、何を言いかけて『す』と言ったのだろう?
まぁ、何かの聞き間違いかな。

「冗談じゃないわ。和桜のいない生徒会にいる理由なんて無いでしょう?」
顔の横でひらひらと手を振り、嘲笑せんばかりの表情で副会長は言い放つ。

!!??

今度こそ、私はバッ!と音がするほどの勢いで、副会長を振り返った。
タ、タメ口!?
しかも、なお、って、呼び捨て!?上級生ってか、生徒会長を!!??
事態に混乱していると、横から肘が、軽く2回ほど飛んできた。
「みのちゃん? あの、手伝って欲しいんだけど・・・」
そちらに見とれてた事に少し腹を立てたのか、かすみは少し機嫌を損ねた顔で私を呼んだ。
「あ、ごめん、かすみん。」
慌ててかすみが紅茶葉を入れたティーサーバーにポットの熱湯を注ぐ。

なんだろう、あの二人の雰囲気。
ちょっと、気になるっていうか、あれ、うーん・・・
「わー!みのちゃん!こぼれる!こぼれるよぉ!」
かすみの叫び声にハッとなって手元を見ると、危うくサーバーの外にお湯を注いでしまうところだった。

 

 

「さぁ、では今日のよき日に。」
配られたティーカップを各人、顔の前に持ち上げて小さく差し出す。
一口含めば、微かな甘さを抱いた深い紅茶の香りがふんわり鼻と喉に広がる。
「はいは〜い!今日のメインイベント。バレンタインスペシャル〜!」
満面の笑みで高らかに宣言したかすみが鞄から取り出したのは美味しそうなチョコレートカップケーキ。
「昨日の夜、お父さんに教わって作ったの。味見したけど、絶対おいしいから。」
かすみのおうちはカフェを経営してるから、言うなればお父さんはプロ。
私は何度かお邪魔したけど、とても雰囲気が良い素敵なお店で、フードもスイーツもドリンクも全部おいしい。
「当麻さんの手作り? すごい!楽しみだわ。」
会長は嬉しそうに、配られたカップケーキを見つめる。

「あ、次は私の、これなんですけど・・・」
何となく、会長と副会長の後では出しづらくなる気がして、私は小さな紙袋の中身を机に並べた。
「早起きしてクッキー焼いたの。あんまり見た目良くないけど・・・」
手料理なんて滅多に作らないからちょっと照れくさい。
「そんなことないわ。永江さんが頑張った証ですもの。早く頂きたいわ。」
「すごい!みのちゃんの手作りなんて初めて!」
柔らかな微笑みとフォローが、頑張ってよかったなぁ〜って思わせてくれる。
「ごめんなさい。わたくしのは手作りじゃないんだけど、ピエール・マルコリーニのボンボン。バレンタイン
限定のを取り寄せたんだけど、きっとみんな美味しいって言ってくれると思って。」
おしゃれな小箱に収まった輝くようなチョコレートに、思わず釘付けになる。
「さすが、王道を外しつつ人気のお店を選ぶ。会長らしい選択ですね。」
副会長が、どこか優雅に思える所作でティーカップを傾けながら感心する。

あれ?
呼び方が元に戻った・・・

一度気になってしまうと、どうもそれが頭から抜けない。
かすみにも怒られた事がある、私の性分。

「最後は私ですね。文兎に作らせたチョコレートエクレアです。」
差し出された化粧箱にはどこのお店で作られたのかと思うような、煌めくチョコが天面にかかったエクレア。
「わー!文兎さんのエクレア久しぶり!美味しいのよね。 また今度お礼言わないといけないわね。」
俄然テンションが上がり席を立ち上った会長を、さすがのかすみも不思議に思ったらしく私と顔を見合わせる。

「えと、あやとさん、って・・・どちら様?」

ちょっと置いてきぼり気味の私は解説を求めて、会長たちの会話に割って入る。
「うちの家政婦ですよ。」
副会長は当たり前のようにそう言って、会長のチョコレートボンボンを口に運んだ。
今までちょくちょく副会長の口から出て来ていたその名前の人物は、家政婦さんだったのか。
「家政婦さん・・・なんかすごいなぁ〜。」
かすみは私のクッキーを口に入れると、ちらりと私に目配せを送って、幸せそうに微笑む。
あぁ・・・確かに私の手料理なんて振る舞った事なかったから嬉しいのかな。

「別荘で作ってくれたお料理だってとっても美味しかったの、思い出すと頬が緩んでしまうわ。」
「会長。しゃべりすぎですよ。」
思い出に浸るように頬を押さえる会長に、副会長がぴしゃりと釘を刺した。

え、ちょっ・・・ナニ、コノ空気!?
会長は、副会長の別荘行ったの?
会長と、副会長と、その文兎っていう家政婦さんで?
しかも、それを『しゃべりすぎ』ってことは、人前で話さないで欲しいって事でしょう?
「えー!副会長ってば、別荘とかすごー! わたしも行ってみたいよー。」
いやいやいや、かすみ、今はそんな事言える雰囲気じゃないってばー!

副会長は大した事じゃありません、と言って紅茶を一口傾けると、かすみの願いに対する回答は出さないまま
カップケーキを一口齧る。

「ところでさ、そのあやとさんって、名字?名前?」
またしても場違いな質問を、かすみは躊躇うことなく投げかける。
「私が勝手にそう呼んでるだけですよ。あだ名みたいなものです。」
「そっかー。家政婦さんってわりに、男の人みたいな名前だったから気になったんだー。」
相変わらず私のクッキーだけを次々口に運びながら、何も考えていなさそうなくるくるほっぺが話を続け・・・

名前・・・

その瞬間、私の脳髄を稲妻にも似た衝撃が駆け巡った。

最大級のアハ体験が、背筋をゾワリと走り抜けて、一気にモヤモヤが解消された快感に昇華する。

「あーーーーーー!!!!」
突然ガタンと席を立ちあがった私へ、3人分の視線が集まったのに気付き、すぐに謝って座り直す。
『す』の謎が・・・今、全て解けた!

「どうしたの、永江さん。何か忘れ物?」
あくまでも優しい微笑みを浮かべる会長の顔を、私は正視できなかった。
たぶん、私の推理が正しければ、だけど・・・

『す』 は 『すみれ』 の 『す』。
それは、副会長の名前『岩淵 紫鈴』の 『す』!
つまり、二人は『密かに』名前で呼び合う関係で、いつの間にか内緒で別荘にお出かけ、ってか、お泊り!?

あ、あわわわ。ど、どうしよう、トンデモナイ事に気が付いちゃったかも!!
私達自身の関係があるからと言って飛躍しすぎた考えを、打ち消すようにぶんぶんと首を振る。
「い、いえ、いえいえいえ、何でもないです。」
慌てて否定する私を、二人は気にも留めなくなったけど、副会長だけが私への視線を逸らさずにいたことに、
気が付かないはずがなかった。
咄嗟に苦笑いを副会長に返すと、当の本人は何食わぬ顔で紅茶の最後の一口を飲み干した。




fin

 

 

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