湧水からのバレンタイン☆
 The truth is always one! 2
 

ハナキンの女子会では、毎度の事ながらつい飲み過ぎてしまう。
高層ビル上層からの素敵な景色にお酒が進み、美味しい料理にお酒が進み、他愛もない話にお酒が進む。
当日には食事代を支払い、翌朝には進みに進んだお酒の代償を支払う事になるのだ。
でもね、楽しいんだからしょうがないじゃない。

「おねーちゃん♪ チョコちょーだい。」
昨夜の後遺症で頭とお腹が絶不調の為ソファに横たわる私に、気遣う様子もない元気な姪っ子が猫撫で声で
近づいてきた。

「・・・なんで?」
鉛の球が頭の中で暴れまわっているんじゃないかと思えるこの状態で、顔をそちらに向けるというだけでも
大儀なのに、私は律儀にも唐突な言葉の意図を尋ねてしまった。
「なんでって、昨日のバレンタインが平日だったから一日遅れでもいいよって事。」
キョトン顔を返しながら、ユキちゃんは私の顔の横にしゃがみ込む。

「いや、そうじゃなくて、なんでユキちゃんにあげるの?」
意図していた『なんで』の答えが食い違っていたので、あたしはもう一度尋ねた。
「え・・・ くれないの?」
まるで世界を破滅させる怪物にでも出遭ったかのように、ユキちゃんの表情が崩れた。
疑問を疑問で返されて、あたしは大きく溜息をつきながら身体を起こす。

ちょっと待っててと告げ、あたしはよろつきながら通勤用のバッグに辿り着いて中を漁る。
昨日の女子会仲間から貰った可愛いラッピングが施されたチョコを取り出し、あたしは安住の地たるソファへ
戻りユキちゃんにそれを手渡す。
「はい。ハッピーバレンタイン。」
とてもハッピーとは程遠い低い声でそう言って、あたしは再び体を横たえる。
「わーっ! ありがとー! 良かったー、あったー。 嬉しー!」
私とは正反対の、一番高い声で歓喜の声を上げるユキちゃんに、ほんの少し、良心が痛む。

「ねぇねぇ、開けていい?」
これで少しは静かにしててくれるだろうという願いを籠めつつ、あたしはどーぞと声を投げ捨てる。
・・・てか、買い物に出かけた姉貴は、まだ帰って来ないのかな。

「おねーちゃーんのチョーコ〜♪ うーれしーいーなぁ〜♪」
本当に嬉しいのだろう、ユキちゃん作詞の適当な歌はご機嫌MAXの時にしか聞くことが出来ないから。
しかも今日はガサガサと包装紙を剥ぎ取る音の伴奏付きだ。

「わー、すごーい、綺麗なチョコ〜! あ、メッセージカード付いてる。」
なぬ!?
自分の予期していない事態が背中越しに起きた事に、ピクリと耳が反応する。

 

・・・・・・

 

しばしの沈黙。
そしてその直後。

「お姉ちゃん・・・」
さっきまでとは打って変わって、ユキちゃんは静かに私を呼んで寝そべっている私の肩を抱き締めた。
「私こそ、いつもありがとう。 大好き。」

そこに、何が書いてあったのか。
そもそも中身を確認しなかったあたしが悪いのは確かだけど、ユキちゃんのこの反応。
なにか、とてつもなくヤバい気がする。

「あ、あの、ユキちゃん。 そのチョコ実は・・・」
「ただいまー!」
「あ、お母さん!」

おーまいがっ!!

早く帰って来いとは思っていたけど、いくらなんでもタイミング悪すぎるよ姉貴!!
「おかーさーん! お姉ちゃんからチョコもらったー!」
身体を翻す時間すらも無いほど迅速に、ユキちゃんは玄関へと走っていく。
「あら、珍しいわね。 沫理が率先してそういう事しようなんて、どういう風の吹き回し?」
チャンス!
弁明するなら今しかっ!

「あ、それ、友だ・・・」「でね、でね、お母さん! お姉ちゃんがね、わざわざこんなメッセージカードまで
入れてくれてたのー! もー、お姉ちゃんったらツンデレなんだからー。ねー。」
うわぁお!!
見事なまでのカットインで折角の機会は潰されてしまい、なおかつ1人に拡散してしまった。
悪事・・・じゃないけど、千里を走る。しかも光速で。

「ずいぶん手が込んでるわね。 んー・・・」
あぁ、この二人の沈黙は、絶対読んでる。
「だから、それは貰っ・・・」
「良かったわね、美雪。 ちゃんと、ホワイトデーにお礼しないとね。」
「うん!」

今まで以上に元気な、ユキちゃんの返事。
あぁ、せめて何が書いてあったのか知りたい。
出来れば、それをきちんと説明させて欲しいっ!

「さ、美雪、帰りましょ。 じゃぁね、沫理、ちゃんと晩御飯食べるのよ。」
がさがさと、ユキちゃんがダウンジャケットを着てリュックを背負う音。
「お姉ちゃん、またねー! 愛してるー!」
「あぁ、ま、待って・・・」

僅かな体力と気力を振り絞ってソファから伸ばした手は、玄関のドアがバタンとしまる音が聞こえると同時に
がっくりと垂れ下がり、床を叩く小さな音だけがこだました。




fin

 

 

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「まったく、お姉ちゃんったら。」
お姉ちゃんちから帰って来て、うがいと手洗いを済ませた私は自分の部屋の勉強机に座って小さく溜息。
私が気付かないとでも思ってるのかな。

誰から貰ったのかは知らないけど、目の前に置いた使い回しのチョコとにらめっこ。
こんな高級そうなチョコを小学生の私にあげようなんて、あのお姉ちゃんが思うわけがない。
と、なれば、誰かから貰ったか、売れ残りのセール品のどっちか。
でも、セール品だったとしたら、メッセージカードなんて入ってないから、これは貰い物。
メッセージカードの字だって、お姉ちゃんの字じゃなかったし。

アニメの、眼鏡で蝶ネクタイの子だって推理くらい出来るんだから、私だってこのくらいの推理は出来る。
・・・だけど、これ、誰に貰ったのかな。
ずきんと、心臓に何かが刺さった、ような気がした。

でも。
ふふんと鼻を鳴らして、私はチョコをビシッと効果音付きで指差す。
私はあなたを知らないけど、お姉ちゃんは絶対に渡さないんだからね!

そもそも、このメッセージカードはお姉ちゃんに届いてない訳だし、お姉ちゃんだってまさか贈り主に
『メッセージカード読んでないんだけど、なんて書いてあったの?』なんて聞けるはずがない。
入っている事を知っていながら読まなかったなんて言われたら、私だったら激おこだ。

「ふふ。 ふふふ。」
私とお姉ちゃんの愛に障害なし!
一安心できた私は、口に入れたチョコと一緒に勝利を噛み締める。

「・・・!!?」
ぐちゅっとチョコの中から苦い液体が溢れ出して、不愉快な匂いが空気と一緒に鼻から抜けた。
ぴりぴりと舌が痺れて来たので、私は傍にあるティッシュを手早く何枚か引き出して勢い良く吐き出す。
「うぇー! な、何これ! ま、まさか、毒!?」
危なかった・・・
もし、酔っ払って何も気づかないお姉ちゃんがこれを食べたりしてたら・・・

恐ろしい考えが頭に浮かんで、私は思わず身震いする。
これを作った人が、お姉ちゃんを殺そうとしてたなんて!
ど、どうしよう・・・
これ、警察に持って行って、お姉ちゃんが殺されそうになったって言った方が良いのかな・・・?

まずはお母さんに相談しなきゃと思い立ち、私は夕飯の支度で忙しいキッチンへと走り出す。
その時、まだ私は『チョコレート・ボンボン』という食べ物がこの世に存在している事すら知らなかった。





fin

 

 

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