Hundred×Hundred
「ねー、渚さん。一万って、どう思います?」
私の横で、気だるそうな表情をしている彼女にポツリと呟いてみた。
「何?突然。・・・あ。」
ガバッと音がするほどの勢いで私を振り返った渚さんが、ニタァと唇を歪める。
「一万円でいいですよ、渚お姉さま~(はぁと)・・・ってこと?」
胸の前で手を組み合わせ、身体をくねくねさせるこの人とは、もう1年もの付き合い。
私は無言で、自分とは十の位が異なる子供な大人の頭を叩く。
「みーるーちゃぁん。冗談だってば。本気で叩かないでよぅ。」
わざとらしく頭頂部を押さえながら、渚さんは緩やかな曲線を描く茶色の髪を整える。
「叩きます。真剣に聞いてるのに。」
少し頬を膨らます私のそれを、楽しげに人差し指で突かれるのはかなりウザイ。
けど・・・
「もぉ、怒った顔も可愛いんだから。深流ちゃんは。」
なんて微笑まれたら、振り上げた拳の着地点なんかなくなってしまう。
「でも確かに、一万って言われて最も身近なのはお金ですよね。」
「どうしたの?ホントに。」
私の頭を撫でながら不思議そうに覗き込む切れ長の目に、とくんと鼓動が高鳴る。
「私みたいな高校生でもバイトで稼げる金額だし、使うとしたら簡単に使い切れる金額だし、区切りも良い。」
なんとなく上の方を見上げ、どこか遠い目をしてしまう。
「でも、例えば同じ一万でも、秒なら2時間弱・・・あ、渚さんて一万日ぐらい生きて・・・」
その瞬間、私の頭に置かれていた掌が、縦になってつむじに落下した。
「失礼ね。そんなに生きてないわよ。」
「痛ぁ!本気で叩かないでよぅ。」
さっき彼女からこぼれ出た言葉を真似て返すと、つい一緒に笑ってしまう。
意外と頭の回転が速いのか、直感的にバカにされたと気づいたのかは判らないままだけど。
「一万人の人って言ったら日本武道館ライブの客席が埋まるほどの人数で、一万歩なら6~7kmくらい。」
「そうなのー。深流ちゃんてば、もーの知りぃ!」
嬉しそうな声ではしゃぐ渚さんが、私の肩にぶつかってくる。
まぁ、素直に褒められたと受け取っておくけど。
「だけど、そんな事より、わたしから素敵な一万を提案してあげる。」
ふと穏やかな笑みを浮かべた渚さんが、私の唇にそっと自分の唇を掠める。
「一万回のキスなんて、実現出来そうじゃない?」
耳元で囁いてから、再びキスを繰り返す。何度も、啄むように・・・
10・・・
・・・20・・・
「ん・・・渚さん、今の、ちゃんと、数えてましたか?」
くらくらする脳を回転させて問いかけてみるけど、視界は既にぼやけてしまっている。
「あ、忘れた。」
・・・。意味ないじゃん。
「だって、深流ちゃんの唇って美味しいんだもん。今日はいちごキャンディの味する。」
にひっと悪戯っ子のような笑みを浮かべる渚さんが私の頬にも唇を寄せる。
「この前、渚さんが買ってくれたリップグロスですよ。お味はどうですか?」
緩く持ち上がった唇に、渚さんの舌が這い回る。
「ぺろぺろしたい。てゆーか、もっとしたい・・・」
下唇が吸い込まれ、上唇が弄ばれ、私の舌下に侵入した渚さんの舌が巻き込むように暴れまわる。
「ん・・・んんぅ・・・」
渚さんの唾液が入ってくると、その分涙が溢れ出すみたいな感じが目頭に湧き上がる。
「はぁっ・・・ちゅっ・・・んぅ・・・ちゅるっ・・・」
ぬるりと濃厚な水分を湛えたまま、二人の舌が求め合うように絡まる感触が思考を支配する。
「くちゅ・・・はむ・・・んちゅっ・・・」
じゅるじゅると唾液をすする音に、耳が、顔が、脳が、どんどん熱く赤くなっていく。
「ん・・・あはぁ・・・はぁ・・・」
少しだけ離れた二人の唇と唇の間で、逃げ遅れた唾液が透明な糸を引く。
「はぁ・・・はぁ・・・け、結構なお手前で・・・」
すっかり表情を崩し、いつもは凛々しい渚さんの目元が、今は艶めかしく蕩けきっている。
「渚さん、激しすぎれすよ・・・」
舌の感覚を渚さんに奪われてしまってる。きっと、私も同じ表情になってるんだろうなぁ。
「可愛くて、キラキラしてて。そんな深流ちゃんが好きだから、欲しくなっちゃうの。」
口元に溢れた唾液を拭いもせず、再び私を抱きしめて唇を重ねる。
「深流ちゃんは、難しく考える癖があるけど、もっと感じたままでいいんじゃない?」
渚さんの舌が顎に、耳たぶに、首筋に・・・的確に私の体から震えを引き出す。
「渚さん・・・」
「1日100回好きって言ったら、たった100日分よ。」
あぁ、そうだ・・・私は、この人の感性に惹かれたんだった。
胸の奥からじわじわと込み上げる、熱くて、嬉しくて、苦しくて、幸せな感覚。
「そう、ですね・・・私は、もっと積み上げて行きたいです。この気持ち・・・」
抱きしめ返す腕の力が加減できないほどの、想いを込めて。
ありがとう・・・10000HIT☆
私の顎の下から見上げて来た渚さんの目が、不意に鋭さを取り戻す。
「え・・・い、言ってませんよ? ヒットって何のこと・・・」
鋭かった目から一転、今度はその端から一筋涙が零れ出す。
「バカッ!深流のくせに・・・深流のくせにー!」
え・・・?え・・・?なにそれ?
あまりのパニックに、私はただおろおろするだけ。
私の胸元で呻きながら泣き続ける渚さんの口元は笑っていたことに、気づくはずもなかった。
fin