「そ〜お?・・・んならいいけど・・・」
言葉では許してくれたものの、据わった目がボクを怪しんでいる事この上ない。
「そぉそぉ。だって、これから同じクラスになる子だもの。挨拶するのは当たり前じゃん!」
ボクが慌てて紡ぎだした言葉に、千河がキッと眉を逆立てた。
「あたしは別にまゆが何しても勝手だと思うけどさ!」
うわぁ!お、怒らせちゃった・・・と思ったのも束の間。
今度は少し俯いた・・・ように見えた。
「あんまり、悪いことして欲しくないって思ってるヒトも、いるんだよ・・・」
少し高い位置にあるボクの目を、メガネの隙間から窺うように見上げる仕草がいじらしい。
「千河・・・ボクのこと、心配してくれるの?」
甘えた表情で、千河との距離を一歩詰める。
「な、バカ、あたしじゃなくて、その・・・ってゆーか、哀願ビームをあたしに出すなー!」
千河がハッと我に返って怒り出し、ボクを軽く突き飛ばす。
『ビーム』ってのは、ボクの友達が言い出した表現で、ボクがする特定の表情のことらしい。
他にはキラキラ爽やかビームとか、満面の笑顔ビーム、構ってあげたくなるビームなどがあるそうだ。
ま、ほとんどボクが意図的に撃ってるんだけどね。
「あはは。嬉しいな。千河が心配してくれて。いつもありがとう。」
少し微笑んだボクを見た千河は、ふいと掲示板の方に向き直ってクラス分けを確認する。
「そんなんじゃ、ないから・・・あー、またまゆと一緒だー。」
残念そうにも、嬉しそうにも取れる声を上げて千河が校舎へ向かおうとする。
なにげにボクのクラスもしっかり確認してるじゃないか。
千河についていけば教室を間違うことはなさそうなので、ニヤニヤしながらその後を追う。
教室に入ったボク達は、出席番号順で決められた席に着く為に教室を横断する。
その間に、6人がボクを振り返ったのを見逃さない。
千河はこのクラスでの出席番号が一番最後なので、窓際の一番後ろというボクには羨ましすぎる位置。
一方、ボクの席はその右斜め前だ。
ボクが席に着く前からこちらを見ている子に、笑顔で小さく手を振ってみる。
あらら、慌てて廊下に出て行っちゃった。
あは。照れ屋さんだなぁ。
「おっすー。まゆきちー。」
後ろの席から椅子を引きずる音が聞こえ、弾むような声が掛かる。
「おはよう。日向。」
少しテンションが下がるも、年度初めのサービスで爽やかビームを放つ。
「もー、去年も一緒だったんだからさ、そろそろ名字で呼ぶの止めてってばー。」
鞄から取り出した鏡で前髪とポニテを直しながら、日向はちらりとこちらに視線を送る。
「じゃ、ひなあられ。」
「そのあだ名は禁止。」
パタンと鏡を閉じて、日向 あられは不機嫌そうに直ぐ後ろのロッカーへ鞄を放り込む。
「わがままだなー。ボクのことは変なあだ名で呼ぶくせに。」
「いーの。自分の事ボクボク言うんだから、『まゆ吉』で充分。」
やれやれ。今年もプリンセスぶりは健在か。
スペイン人クオーターのあられは、クオーターとはいえ日本人らしからぬ整った顔立ちとスタイルをしていて、
どこかの雑誌では読モをやっているとか。
そして去年、高校から入学してきた彼女とボクの席位置の並びもあって、周りからは『プリンセス』と
称されるようになった。
でもね、ボクは知ってるよ。
頬骨のあたりにあるそばかすを必死にファンデーションで隠しているのを。
ふふふ。やはり完璧なのはボクだけだ。
「あ、そだ。まゆきち、今日の放課後暇でしょ? 買い物付き合って欲しいんだけど。」
とんだわがままプリンセスがいたもんだ。
「なんでボク?」
ボクの頭の中で、警鐘が鳴り始める。
なんだか悪い予感がする。
「今回は・・・まゆきちじゃないとダメなの。ね。」
ダメ押しするように、あられが顔を近づけてウインクする。
ボクは助けを求めるように千河の方を向い・・・
あれっ!千河いないじゃん!!
いつの間にか空席になっている机を縋るように見詰めたところでどうにもならないのは明白。
「しょうがないなぁ・・・」
ホントにしょうがない。
しぶしぶ了承したボクの肩をぽんと叩くと、あられは嬉しそうに礼を言って席を外した。