あられの事なんて放っておいて、ドーナツでも買って来ようかなぁ・・・
2分と経たないうちに、そんな考えが頭を支配する。
思い立ったら即行動!それがボクさ。
ところが、ベンチを立ち上がってモールの奥を見渡すと、ウチの学校の制服を着た人が一人、
モールから出て行こうとするのが目に留まった。
「・・・ん?」
なんとなく少しそちらに近づいてみると、それは見覚えのあるシルエットだった。
背中まで伸ばしたストレートの黒髪、アクセの一つもついていない鞄、そして何より見慣れた顔。
千河・・・?
いつも真面目で寄り道する事など滅多に無い千河がこんな場所にいる事に、一瞬我を疑った。
「あれ!? 千河!?」
結構距離があるにも拘らず、意外さのあまり、つい大声で呼びかけてしまった。
千河は声に気づいたのか、こちらを振り返ると荷物を落としそうになるほど驚いたようだった。
「え、ま、まゆっ!?」
「どうしたの、千河。真っ直ぐ帰ってないなんて珍しいね。」
動きを止めた千河に、息一つ切らすことなくキラキラ爽やかビームを放ちながら走り寄る。
「べ、別に、たまには買い物くらいしてもいーじゃない。」
「いや、いけないなんて言わないけど・・・」
身体を半歩ずらしてビームを避けながら、千河は鞄と反対の手に持った紙袋を少し脚の後ろに隠した。
あの濃紺の紙袋は・・・確かどこかのアパレルメーカーの物だっただろうか。
「買い物かぁ。何買ったの?」
「な、何だっていいでしょ。空気読みなさいよ!」
微笑むボクを真正面から睨み返して、千河は紙袋を更に両脚の後ろに隠した。
そんなに怒らなくたっていいのに・・・
「あはは・・・ゴメンね。気をつけて帰ってね。」
言われた通り空気を読み、引きつった表情で千河を送り出そうとする。
「そーゆーまゆこそ、こんな所に一人で突っ立ってどうしたのよ?」
ボクよりも更に空気を深読みできる千河が訝しげにボクの顔を覗き込む。
「あー。友達の買い物待ちでさ、一緒にお店に入るって言ったら断られちゃって。」
苦笑いするボクに一瞬何かを思案したみたいだったけど、千河は、ふーん、そう。とだけ言って表情を戻した。
冗談の一つでも言って和ませようかとも思ったけど、千河はそういうのも真に受けちゃうから、余計な事は
言わないでおくことにした。
「じゃ、あたし帰るから。また明日ね、まゆ。」
始業式で授業が無かった為にいつもより軽そうな鞄を肘に掛けた左手を振り、千河は駅へと歩き始めた。
「うん。また明日。」
放ったキラキラ爽やかビームは千河の背中に当たっただけ・・・に思えた。
「あんまり遅くまで遊んでるんじゃないわよー。」
突然くるりと向きを変えてボクにそう言うと、千河は今度こそモールを後にした。
ああいう言い方だけど、いつもボクを心配してくれる千河。
ボクはその背中を気が済むまで見送る。
「まゆきちー。どしたの?」
不意に背後から声が掛かり、僕の心の中から抜け落ちていた存在を思い出させた。
驚いた素振りは欠片も見せずに180度向きを変えると、小首を傾げたアヒル口のあられが立っている。
「別にどうもしないよ。置いてかれちゃったから、たそがれてただけさー。」
わざと不機嫌な顔をして、不貞腐れオーラを全開にしてアピールする。
「ゴメンねー。もう終わったからさ。帰ろっか。」
え、もう帰るの!?
「あのさ、ボク、ホントはついて来なくて良かったんじゃない?」
用事を済ますだけで、しかもお店にも一緒に入らせてくれなかったのに帰るって・・・
まぁ、かと言ってあられと二人でお茶するってのも・・・できれば遠慮したいけど。
「何言ってんの。まゆきちが一緒じゃなかったら、意味ないもん。」
満面の笑みを浮かべたあられは、高い位置で結ばれたポニーテールを揺らしながらボクの腕を掴む。
「じゃ、一緒だとどんな意味があったのか、そろそろ教えてよ。」
掴まれた腕で絡め取るようにあられを引き寄せ、至近距離で瞳を覗き込む。
前髪が触れて、睫毛が届きそうな位置に顔を寄せたボクに、あられはハッとなったように動きを止める。
「そ、それは・・・」
眼球を、左、右と彷徨わせて顔を離したあられはゆっくりとモールの出口に向かって歩を進めようとする。
仕方なく腕を放して僕もその後に続く。
言葉を続けないあられの後姿はいつもより少し、小さく見えた。