浮気とはどこから浮気なのだろう。
「咲ちゃん!!!ちょっと!」
チラっとこっちを一瞥し、すぐまた目線を元に戻す。
楽しそうな顔をしながら手ですっとやつを撫でている。
いや、訂正。
デレデレとだらしない顔だ。
「あ、あの!」
「あの、急にごめんね。ずっと、ずっと前から……好きなんだ。君のこと」
「はるりんあたしも好き……!」
「ってあほか!!!」
頭をすぱーんと叩く。
「このアイドルオタク……!それ何回リピートしてんのよ!!」
「えー?そんなの数えてらんないよー。……ってあー!とりあげないで!!」
彼女の手から今話題の携帯電話をとりあげ、咲ちゃんと画面の中の人を思いっきり睨みつけた。
こいつのおかげであたしは暇もするわ嫉妬はひどいわで大変だ。
はるりんとは某アイドルグループの一人。
アイドルを追いかけてどこまでもな咲ちゃんが今一番推している子である。
同世代で歌も上手いしダンスもきれ、その微笑みは天にも昇る……とか勝手に熱く語っていた。
アイドルにやきもちなんて馬鹿げている、そんなのは百も承知だけど……。
なんせ彼女がずっと同じ動画をリピートしていて、しかもその動画内容は告白シーン。
彼女ほったらかして画面向うの君に夢中とか、怒りのゲージは溜まっていく一方。
それを恋人が「あたしも好き!」とか言ってるのを見ていて、怒らないやつがどこにいる!
「ちょ!乱暴に持たないでよー!買ったばっかなんだから」
「うっさいわ!多機能のくせにあんた動画しか見ないじゃない!」
「動画ー!?はるりんを動画呼ばわりするなー!」
ああ……、ここまで使いこなそうともしないとは携帯が可哀そうだ。
液晶画面からはさっきからずっと愛の告白が駄々漏れである。
「あたしはリアルタイムにはるりん達を見るために買ったんだから!」
あたしの手から携帯を奪い取ると、画面をタッチして次の動画を探している。
邪魔された腹いせか、そのはるりんが出している歌まで歌いだした。
なんでこんな気持ちになるんだろうか。
相手はアイドル、手の届く存在じゃないってわかっているのに。
「はるりーんかっわい……って三島!?顔恐いよ!?」
「ああそうですよ。はるりんとは違ってあたしは恐いよ」
彼女に呆れらても仕方ない。
だけどアイドルばかり見ていて、全く構ってもらえないこっちの気持ちもわかってほしい。
目の前に現れるわけでもない人に嫉妬して、とても惨めな気持ちになる。
だから余計に腹が立つんだ。
「三島さっきからどしたのさー。もしかして……やきもち?」
「……そーだよ。妬いてるんだよバカ」
そんなのきりがないってわかってはいるけど。
アイドルオタクを好きになってしまったあたしの責任なのもわかってる。
でもやっぱり、咲ちゃんが誰かに夢中になるのが嫌だ。
あたし以外を見て目を輝かすのは嫌だ。
「あたしの告白じゃ満足出来なかった?」
「はあ?」
「はるりんはるりんてさ、なんなのよ」
きょとんとした顔で見つめてくる。
そんな顔で見ないでよ。
わかってるよ、あたしの方がバカだってことは。
くだらないことで怒ってるのもわかってるよ。
「ごめん、あたしうざいね」
溜息混じりに言うと、彼女は首を振った。
「全然。三島は可愛いよ」
可愛いーから許す!
そう言うとにぱっとした笑顔をあたしに向ける。
「画面の向うの女の子にやきもち妬く三島が可愛い」
「……うるさい」
「いつも強気なのに震えた唇で告白してきてくれた三島が可愛い」
「……」
細い腕で抱きしめられ、あたしは大人しく腕の中に収まった。
「可愛いーよ。四六時中夢中にさせられてます。まじです」
はるりんは2番目。
嬉しそうに笑う彼女がちょっと憎い。
あたしはまだ怒ってるよ。
彼女の携帯の動画は気付けば閉じられていて、待ち受け画面になっていた。
ずいっとあたしの前に突き出す。
「ほんとに好きなんだ、君の事」
「……ほぼパクリじゃん」
携帯には照れたように笑うあたしがそこには映っていた。
「顔赤い」
「いちいち言わないでよ!咲ちゃんはデリカシーがない」
赤いであろう頬を両手で覆いながら軽く睨む。
「ほら」
指し出された右手をとるとぎゅっと握られた。
ポケットから取り出された携帯をタッチしながら彼女が言う。
「機嫌直しにどこか行こ?」
「安直すぎ」
「いーじゃん!嬉しそうな三島が見たいんだもの」
三島が楽しげに行き先を発する。
最短ルートじゃなくていいよ。
繋がれた左手を見ながら思う。
最新機種なら空気読めるよね?って無理があるかな。
携帯の操作音がデート先へのルートを告げた。