「お待たせ致しました。速水様。お嬢様。」
薔薇の木に囲まれた中庭のウッドデッキで、向かい合わせにテーブルについていた私たちのもとに、
大きな銀のトレイを手にした瑠奈さんがやってきた。
「本日は、わたくしが昨日より仕込みましたカレーライスでございます。」
私たちの前には、大きな白い皿に上品に盛られたカレーライスに、付け合せの小皿、サラダボウル、
水と、銀色の磨き上げられた食器が手早く並べられていく。
「ありがとう、瑠奈さん。」
「はい。お食事が終わりましたら、お茶の準備も整っておりますので、いつでもお申し付け下さいませ。」
瑠奈さんは、どうぞごゆっくりと由梨に一礼し、木々の向こうに姿を消した。
ウッドデッキに張った屋根代わりの白い布は、晴れ渡った日差しを快適に遮り、木々の水分と相まって
この場所を避暑地のような心地よさにしてくれている。
「さぁ、由梨。頂きましょう。」
先程から周囲を見回すか、呆けたようにボーっとしてばかりの由梨に、私は声を掛ける。
「え、あ、うん。頂きまぁす。」
銀のスプーンでカレーライスを一口頬張る由梨の反応が気になって、つい見詰めてしまう。
もくもくと口を動かし、飲み下すのを待つ。
「ん〜!おいしっ!ナニコレ!?」
口元を押さえ、カレーを見つめながら固まる由梨。
「お気に召したかしら?」
唇だけで微笑み、私もカレーを味わう。・・・うん。いつも通りね。
「あのね、あのね、お店みたいな味だけど、もっと美味しくて、ご飯もふっくらしてて、すごい美味しいの!」
身を乗り出して小学生のような感想を述べる由梨に、思わず吹き出してしまう。
「ふっ、あはは。良かったわ。好きなだけお替りしてもいいのよ。」
そんなゆったりとした時間を中庭で過ごし、気が付けば由梨は2杯のカレーを平らげていた。
「ご馳走様でした。こんな美味しいカレー初めてだったから、いっぱい食べちゃった。」
胃が満たされたことで人心地がついたのか、満面の笑みの由梨が口元を紙で拭う。
「ふふ。お粗末様。」
木立ちを揺らす風が、穏やかに吹き抜ける午後。
「ここ、薔薇の香りもするし、風が心地よくて・・・素敵な空間ね。」
周囲を見回しながら、由梨が溜息をつく。
「そう?」
『守銭奴』の影が脳裏にちらつき、胸の奥がチクリと痛む。
「うん。ピンク、黄色、赤・・・色んな薔薇が咲いてて、ウチにもこんな場所があれば・・・って無理だけどね。」
やめて・・・アイツを褒めるなんて。
アイツの作ったものが由梨の家にもあったらなんて、考えたくもない。
そんな私の表情に気づいたのか、由梨が心配そうに私の横にやってきて手を握る。
「あの・・・ごめんなさい。わたし、何か変なこと言ってる?」
気を遣ってくれる由梨の優しさに、さっきよりも胸の痛みが増す。
「違うの。由梨は悪くないのよ。私こそ、変よね。」
椅子から立ち上がり、思わず由梨を抱きしめる。
それは今の表情を由梨に見せたくないからかもしれない。
「ううん。いいよ。大丈夫・・・大丈夫だから。ね。」
由梨は私の背中を撫でながら、そっと私に囁いた。
とくん、とくんと、自分の鼓動が聞こえるほどの強さで鳴り響く中、由梨と一度見つめ合ってから
自然と唇を重ねに行く。
私の背中に回された腕が、僅かに強さを増す。
「由梨・・・ありがとう。」
感謝を告げ、再び唇を擦り合わせる。
「ん・・・蘭ちゃん・・・」
由梨の体が震えていることに気づき、私は一旦由梨の腕から抜け出した。
もしかして、まだキスも早かったかしら?
と、由梨の目が忙しなく動いていることに違和感を感じ、後ろを振り返る。
「・・・失礼致します。お嬢様、お茶の用意が整いましたのでお持ち致しました。」
ウッドデッキの入り口にはティーセットをトレイに乗せた瑠奈さんが、いつの間にか立っていた。
「そう、ありがとう。早速準備をお願いね。」
あわあわと立ち尽くす由梨から離れ、私は悠然と椅子に戻って脚を組む。
「畏まりました。こちらは速水様から頂きましたお菓子でございます。」
輝く黄金色のマドレーヌが載った皿が二つ、テーブルに置かれた。
「わざわざありがとう、由梨。さぁ、座って。一緒に頂きたいわ。」
顔を真っ赤にしたままの由梨は小さく頷いて椅子に座ると、供されたカップを抱え込むように両手で持ち
口元で傾ける。
人前でキスするくらいでこんなになってしまって。可愛いんだから。
私から零れた笑みは、豊かなバターの風味溢れるマドレーヌによってもたらされたものだろうか。
それとも・・・