「やばい・・・」
目の前の透明な板越しに、あたしは念願の獲物を鋭く見つめる。
落ちそうで落ちない、ギリギリの瀬戸際まで来ておきながら・・・
あたしの財布に残された最後の五百円玉を取り出して握りしめたまま、UFOキャッチャーの前ではや3分。
あと1回・・・
あたしほどの達人ならあと1回あれば確実に手に入れられるのに、五百円玉を投入するのはもったいなすぎる。
かといって、両替に行ってる間にハイエナに取られでもしたら・・・
涼しい顔して立ち尽くしていても、あたしの中では葛藤の南北戦争が勃発しているのだ。
鳴り響く店内のBGMはあたしのお気に入りの曲で、これが掛かっているならもう絶対外す気がしない!p>
「おねーさん、やらないならどいてくれる?」
無粋な声が背後から聞こえて振り返ってみると、いかにも頭の悪そうな、ジーパン半分ずらしたプリン頭の
ニーチャンがにやにや顔で、あたしの場所を開けるよう要求して来た。
うわ・・・絶対こんな奴にお持ち帰りさせたくない!p>
「やります!ちょっと待ってて下さい。」
怒りを表さないよう気を付けた表情で、あたしは投入口になけなしの硬貨を滑り込ませる。
・・・あぁぁ、サヨナラ、あたしのラスト五百円・・・
プレッシャーを掛けられて僅かに手元が狂い、ボタンを離すタイミングを誤って、クレーンは空しく宙を掻く。
ぐあぁっ! あ、あたしともあろう者が、あんな奴が気になるなんて!
頭をぐしゃぐしゃと掻き毟りたい衝動を何とか抑え、小さく呼吸を整える。
いける、いける、いける!
「あれ? おねーさん、俺が取ってあげよっか?」
タイミングを見計らったのに、不意に声を掛けられてまたもボタンを離すタイミングを逃してしまう。
URYYYYYYYYYYYYY!!
ナ・ン・ナ・ノ・コイツ・・・!!!
あたしが格ゲーの主人公だったら今すぐゲージMAX超必殺技26連コンボ乱舞技で叩きのめしてやりたいっ!
ふー、ふー・・・お、落ち着けあたし・・・
はっ!こんな奴にむきになる方がおかしいのよ。
あたしの実力なら絶対に取れる!
大好きな歌も耳に入らないほどの集中力で、あたしが振り下ろしたクレーンの爪が、獲物の脇を捉えた。
キタッ!キタッ!キタァッ!!
しかし、どういう訳かクレーンの握力は突然老人以下の力しか発揮せず、景品をなぞるようにアームが動き
筐体の中でカチンと腕同士が噛み合わさった音が、いつまでもあたしの耳に残った。
な、なんということでしょう・・・
絶望の淵に追いやられたあたしは、がっくりと項垂れる様子を隠しもせず、一歩隣に退いた。
「ほらー。おねーさんかわってよ。俺が取ってあげるからさー。このあとちょっと付き合ってよ。」
ぬるぬるしたその声は、今のあたしには入ってこなかった。
そしてあたしが99%追い詰めた獲物を易々とゲットしたハイエナ半パンプリン男がそれをあたしに差し出す。
「取ったよ〜。あげるからさ、ちょっと付き合ってってばー。」
顔を上げると、生理的に受け付けない無精髭面が間近に迫っていて、無意識に1歩下がってしまう。
「お!?正面から見たら結構可愛いじゃん。ねえ、俺と遊びに行こうよ〜。」
下水道のような臭いの呼気があたしの鼻を掠め、不快度が最大に達する。
ナニコイツ、ちょーキモい!
店員を呼びたいのに、気持ち悪すぎて声が出ない。
恐怖とか、怒りとか、そういう感情よりも気持ち悪いが前に立ち、私の喉を塞ぐ。
誰か・・・助けて・・・!
「アンタ、うちの学校の人に、何をしている。」
その涼やかな声は、向かい合ったハイエナ半パンプリンキモ男の、さらに後ろから聞こえた。
振り返ったナントカカントカキモ男の後ろに立っていたのは、紛れも無くあたしと同じ制服を着た女の子。
腕を組み、凛々しく仁王立ちする胸に輝くリボンの色は、三年生の証。
「あぁ?邪魔すんなよ。これから彼女とデートなんだよ。」
えーとなんだっけキモ男は、いけしゃあしゃあと訳の解らん事をのたまうが、三年生様はピクリとも動じない。
「どう見ても、そんな状況では無かったように見えたが。」
鋭く睨み続ける三年生様は落ち着いてごもっともなお言葉を並べてホニャララキモ男を圧倒あそばされた。
「うるせぇな、関係ねぇだろ。それともアンタが付き合ってくれんのか?」
凄む□□男をものともせず、三年生様は隣の筐体に置いてあった誰かが放置していった空き缶を手に取ると、
すらりと細長い人差し指を、ズブリと缶の横腹にめり込ませた。
!!!!??
「アンタの頭にも、これと同じ穴を開けようか?」
ゆっくりと指を抜いて缶にあいた穴を突きつけると、**男はひっと声を上げて顔色を変え慌てて踵を返す。
「おい、それは置いていきなさい。」
「は、はいっ!」
投げ捨てられた景品は、拾い上げた三年生様の手から、あたしの手へと手渡される。
「すまない。さっきからやっていたのを見ていたんだが、助けるのが遅くなった。大丈夫だったか?」
同じ高さの視線を受け止めると、そこにあらせられる三年生様のご尊顔は、薄暗い店内でも眩しすぎた。
勝気そうな眉とは裏腹に、優し気な目元はノーメイクなのにくっきりとあたしの心を捕らえる。
あたしより幼く見える顔のラインは細く、後頭部には艶やかなポニーテール。
背丈もあたしと同じくらいだし特に筋肉質な体格には見えないけど、鞄を肘にかけたままの左手に握られた
無残な缶がどうしても気になる。
「と、と、とんでもございませんです! 助けて頂いてありがとうございましたですっ!」
慌てて並べた日本語とは思えない言葉を一気に吐き出し、大きく頭を下げる。
「いや、いいんだ。気にしないで。その・・・私も、それやりたかったから。」
頭を上げたあたしの目には、少し顔を逸らして筐体を指さす三年生様。
「え、お好きなんですか!? シニカルあげはちゃん!!」
思いも寄らない言葉を聞いたあたしは、反射的にその景品『あげは抱き枕カバー』を三年生様に差し出す。
「え、いや、そんなつもりは・・・」
「いえ!助けて頂いたお礼です!受け取って下さい!!」
しかし、下げたままの頭にポンと手が置かれて、やっぱりそれは受け入れてはもらえなかった。
「あれだけあなたが真剣に努力した結果なんだ。受け取る訳には行かない。」
少しだけ、置かれた手が私の髪を撫でて、視界に入っていたローファーがくるりと向きを変えた。
「あの、じゃぁ、せめて、お名前だけでも!」
去り行こうとする背中をアメリカ映画のように必死に呼び止めた声に、驚いた他の客が振り向いた。
「嵐山。 ・・・嵐山 みひろ。」
顔だけ少し振り向いてそう告げ、ポニーテールを揺らしながら彼女は自動ドアを抜け街へと去って行った。
あれ・・・?
やだ、なにこのトキメキ・・・