「おっと・・・大丈夫か? 萌南。」
路上でへたりそうになったあたしを、みっひーが慌てて支えてくれる。
取り落としてしまった傘が歩道に落ちて少し向きを変え、あたしたちを見上げた。
「ダ・・・ダメ、かも・・・」
心配そうにあたしの顔を覗き込むみっひーの、チョコの香りが漂う唇から目が離せない。
「すまない、痛かったか? 虫歯か?知覚過敏だったのか?それとも、歯槽膿漏か?」
どれだけ人を歯医者送りにしたいのかわからないけど、私は気付いた。
ほんの少しだけ、みっひーの言葉を紡ぐスピードが上がっていることに。
心配してくれてる。あたしを。友達の、あたしを。
友達というものを恐れていたみっひーだけど、それは友達を作りたくないんじゃなくて。
「ちが・・・違うの。」
「では、何だ? 私の力が・・・強かったか?」
友達を失うのが怖いんだ。きっと。
折角支えてくれていた腕の力を緩められて、体を預けていたあたしの姿勢が崩れる。
「そうじゃなくて!」
みっひーの二の腕に手を掛けて体勢を立て直すと、力を抜いていたせいか、それとも心に迷いがあったせいか、
あれ程の力を出すなど想像すらできない華奢な女の子の身体が、あたしに飛び込んで来た。
「あっ・・・」
「くっ!」
降りしきる雨の中、2着の夏服を通して伝わる身体の感触。
すっかり濡れてしまった制服の冷たさが、密着した体温によってじわじわとぬるく染まっていく。
あ・・・みっひーの腕、あったかい・・・
掴んでいる腕の表面は雨に濡れて冷たくなっているけど、その内側から伝わってくる熱が掌を通ってあたしの
胸の奥へと伝播する。
それに、それよりももっと直接伝わる温かさ。
あたしの背中に回された両掌。
「みっひー・・・」
見つめたその目がぼやけて見えるのは、雨が入り込んでくるから、だよね?
「もな・・・っくしっ!」
急に顔を背けたと思ったら、放たれた寒さの証。
「あ・・・大変! みっひー、冷えちゃったんじゃない?」
現実に引き戻されて、どちらからともなく腕を離した後、あたしは慌てて傘を拾い上げる。
「うち、ここから3駅でみっひーの家より近いからさ、温まってから帰った方がいいよ。」
返答も待たず傘をみっひーに渡し、あたしは何かを振り切るようにその手を引いて小走りで駅へ向かう。
あのまま告っちゃうところだった・・・
「萌南、引っ張らないでくれ。 ちゃんとついて行くから。」
降りしきる雨は、まだ、止みそうもない・・・