「だから、ホントに悪かったってばー。」
腕を組む出演者5人に取り囲まれて、全く悪びれた様子の無い片岡委員長が図書室の床に正座しながら笑う。
「今度やるときはちゃんと皆に伝えてから・・・」
「今度って、もう来年の文化祭には参加しないじゃないですか。」
もっともなツッコミが委員長には想定通りなのか、全然堪えてない様子。
確かに、委員長には言いたいことが沢山あるけど、それよりも気になることで今は頭が一杯なのだ。
それは、少し離れた壁際に立っていてずっと俯いたままの理美ちゃん。
私の視界の端で、たまに爪先で床をトントンと叩いては溜息をついている。
すぐにでも行って励ましてあげたいけど、先程の舞台での出来事もあって少し声を掛けに行きづらい。
「とにかく・・・もう終わったことだしさ、ほら、差し入れいっぱい来てるから食べよ。ね?」
それぞれのクラスから頂いた差し入れで、作業テーブルの上はパーティー状態。
普段の図書室にはありえない、おいしそうな匂いが漂っている。
今日 土曜日だけの舞台だった図書委員会は明日はフリーだから、私はクラスの方を手伝うつもり。
だから、それを見越しての打ち上げにはちょうどいいのかもしれない。
結局、どれだけ文句を言っても委員長には効かない事はわかってるから、みんな諦めてテーブルを囲む。
委員長は機嫌取りに人数分の紙コップを取り出してミルクティーを注ぐ。
「ほらー。青山さんもおいでー。」
ずっと理美ちゃんを見つめ続ける私を、委員長がひらひらと手招きする。
私がテーブルに近づくと、理美ちゃんがパッと書架の奥の方へ消えてしまって、慌ててそちらへ駆け出す。
「理美ちゃん!」
大声で呼ぶまでもなく、理美ちゃんはそこに居た。壁に向かって微動だにしない。
この行動の意味が私には解らなかったけど、きっと先程の出来事に関係はあるはず。
「理美ちゃん、ごめんなさい・・・さっきの事怒ってる?」
古い本の匂いが立ち込める書架の、2歩離れた位置から問いかけてみる。
「ちゃうねん・・・怒ってへんけど・・・」
くるりと振り向いた理美ちゃんは、大きな目いっぱいに涙を溜め、拳を握り締めている。
「氷音先輩とキスしてるトコ、皆に見られてもうた・・・」
音も立てずに、はらりと煌めく雫が図書室の床に吸い込まれていった。
「理美ちゃんは、悪くないの。 ・・・私が、したんだから。悪いのは私。だから、泣かないで。」
そっと胸元に理美ちゃんの頭を抱き寄せ、落ち着くように後頭部を撫でる。
「誰も私達の事を本気でそうだと思ったりはしないわ。だって、劇の中の出来事だもの。」
すらすらと、想いが言葉になっていく。
まだ、王子様になりきっている感じが抜けていないのかしら。
「ん・・・氷音先輩がえぇんやったら、それはそれでえぇ。」
納得行かないようだったけど、理美ちゃんはまだすすり泣くのをやめようとせず、私の背中を強く抱きしめる。
「まだ・・・他に何かあるの? 話して?」
察した私が耳元に囁くと、理美ちゃんは赤くなった目で必死に私を見上げる。
「ウチ・・・皆の為とはいえ、背ぇちっさいのネタにすんの、辛かった・・・」
ふるふると震えながら、足元へ崩れ落ちていく理美ちゃんを追いかけて、私もしゃがむ。
当然の事よね。
すすんで自分を傷つけたい人なんかいるわけがない。
今更ながら、委員長への憤りが、沸々と胸の奥に湧き返す。
理美ちゃんを傷つけてまでやらなければならなかった理由を、私は問い質して来る。
そう決意して振り向いた先では、片岡委員長が神妙な面持ちでこちらに向かってきていたところだった。
「委員長、理美ちゃんは・・・」
言いかけた私を制するように、委員長は深々と頭を下げた。
「高波。ごめん。」
理美ちゃんが動きを止める。
遠く入り口近くで行われている打ち上げの笑い声が微かに聞こえる。
「配役決めた時の高波が面白くて、調子に乗っちゃって。 高波の事全然気にせず突っ走っちゃった。」
私は顔を上げない理美ちゃんの代わりに、鋭く委員長を睨みつける。
「あたしの事は嫌いになっても何でもいい。 ただ、本当に。ごめんなさい。」
もう一度、委員長は直角に腰を曲げて理美ちゃんの反応を待つ。
私の腕の中にいた理美ちゃんが、スッと突然立ち上がった。
「委員長はん。自惚れんといてや。・・・ウチは、もう恥晒してしもたんや。謝られても、それは変わらん。
聞いた以上は、あとは委員長はんがどう受け止めるかや。」
いつもの朗らかさは微塵も感じられない表情のまま、理美ちゃんは委員長を押しのけて遠ざかって行く。
「・・・失礼します。」
立ち尽くす委員長に向き直り、理美ちゃんを追いかけるために一礼して立ち去ろうとする。
「青山さん。」
いつもの委員長とは思えないほど、弱々しい声で呼びかけられて足を止める。向き直りはしない。
「頼めた義理じゃないけど、高波の事、よろしく・・・」
チラリと後ろを振り返って頭を下げ、私は小走りで理美ちゃんが出て行ったドアへと向かう。