Vier mädchen その11
「ごめんなさい、遅くなりま・・・」
パン☆ パパン☆
小走りで辿り着いた生徒会室の扉を、その手前で呼吸を整えてから開けたわたくしを出迎えてくれたのは、
3回の小さな破裂音でした。
「会長、お誕生日おめでとー!」
「おめでとうございます!」
「思っていたより、早く来ましたね。」
驚いてしまいましたが、黒板に大きく書かれたその文字が目に入って、事態を瞬時に理解できました。
『生徒会臨時役員会議 議題:湯島会長の誕生日について』
「みんな・・・」
テーブルには、どういう訳かどれも出来たてに見える昼食の準備が既に整っていて、それを囲むように座る
3人の役員は皆それぞれに笑顔を浮かべてわたくしの着席を待っていました。
「会長、お誕生日おめでとうございます。 日頃の感謝を込め、細やかながら祝宴を用意しました。」
祝宴だなんて・・・岩淵さんの大袈裟な表現に、なんだか恐縮してしまいます。
「副会長ぉ、堅苦しいってー。」
当麻さんが顔の横でスプーンを構えながら、口を尖らせます。
「今日は終業式でしたので、使われる予定の無かった家庭科室を合法的に占拠して料理を作らせました。」
にっこり微笑む岩淵さんの表情が、普段見た事の無いほどの『にっこり』なのが気になりましたが。
「さぁ、会長。 『いつもの』お願いしますよ。」
「えぇ・・・それでは、今日の良き日に。」
永江さんに促され、わたくしは感謝を胸に抱きながらお茶会を始める合図を告げます。
いつもと同じセリフなのに、今日のその一言は特別。
驚いた事もありますが、皆の気持ちが嬉しくて、カトラリーに伸ばした手が震えてしまいそうです。
「むほー! うまっ!」
わたくしより一足先に料理に手を付け始めていた当麻さんが、頬に手を当てて歓喜の声を上げました。
「本日のカルトをご説明しましょうか、主賓。」
横に座っている岩淵さんが、料理の出来に満足した様子でわたくしを覗き込みます。
「まず手前のカクテルグラスですが、冷たいガスパチョにトウモロコシのムースを乗せたものです。
魚料理は金目鯛のカルパッチョ、肉料理は仔牛のポワレ夏野菜のグリエ添え、パンはもちろん焼きたてですよ。
デザートは先日下見に行ったお店からヒントを得て作らせたものですが、これは後のお楽しみです。」
本格的なフレンチのコース料理が、我が校の家庭科室で作られたのかと思うと、驚きを隠せません。
それに、一体誰が作ったのでしょうかという疑問も浮かびます。
終業式があったのだから、この中の誰かどころか、どの生徒にも不可能なはず・・・
「あ、そだ、会長。 食べながらでいいんだけど、これ私とかすみんからプレゼントです。」
ごそごそと鞄から取り出した紙袋を、永江さんがわたくしの横まで持ってきてくれました。
「そんな、気を遣わないで良いのに。」
「まぁまぁ、これで結構、二人して悩んだんですから。」
紙袋はよく見ると『JILL STUART』で、中にはリボン掛けでラッピングされた袋が入っています。
「なにかしら。 開けていい?」
「もっちろん!」
食べる手を休めない当麻さんが元気よく許可をくれたので袋の封をそっと開けてみると、中から出てきたのは
既に何かが収まっている可愛らしいポーチ。
「バス&ボディケアアイテムのセットです。 アクセだと、会長の私服の好み知らないから選べないですし、
よく考えたら、会長の事何も知らないんだなって思ったけど、これなら家で使う物だし困らないかと思って。」
当麻さんも永江さんに微笑みながら「そうだよねー。」と相槌を打ちます。
「永江さん、当麻さん・・・ ありがとう。 大切に使わせてもらうわね。」
品物自体ももちろんだけど、二人が私の為に悩んでくれた事や気にしてくれた事が、何より嬉しいのです。
こんなに良くしてもらった誕生日は、これが初めてかもしれません。
生徒会活動を通じて共に歩んできた仲間が祝ってくれるという事が、こんなにも嬉しいなんて。
「みんな、 本当にありがとう・・・」
先程流した涙とは、全く異なる感動の涙。
わたくしは、こんなに素敵な仲間に囲まれて、幸せです。
せっかく岩淵さんに跡が残らない方法を教わったのに、ただ本当に嬉しくて、わたくしは無意識に両掌で
瞼を擦ってしまいました。