「おはよう。」
毎朝、素敵な笑顔と共に、礼亜ちゃんがくれる挨拶。
「おはよー。」
平静を装う私の返答は、胸の高鳴りをうまく隠せているかな?
友達では、物足りなくて。
それ以上になりたいのに、なれなくて。
いつも礼亜ちゃんの事ばかり考えてしまって、ふと現実に立ち返ると、どうしても溜息が出てしまう。

「ねえ、湯浅さん。今日の放課後空いてる?」
横に並んで歩く通学路で、不意に礼亜ちゃんから問いかけられて、心臓を落としそうなほど慌ててしまう。
「え、ごめん、部活だけど・・・水上さん、なんか大事な用だったら、私、部活休むよ?」
最大級のチャンスを生かすこともできず、正直な言葉だけが6月の湿った風に流されて行った。
「ううん・・・なら、いいの。 大した事じゃないから、気にしないで。」
明るく微笑まれて、私の心は少し上っているこの道路の傾斜を勢い良く転がって行く。
「うん・・・ごめんね。」
この謝罪は、始まりもしなかった話を断っちゃった事だけに対して言ったものなのかな、私・・・

 

 

First anniversary memorial ShortStory
 Magical girl cynical AGEHA   前編

 

 

間もなく梅雨を迎えるこの時期の、日が暮れ始めた住宅地。
今も私の頭の中は礼亜ちゃんの事ばかりで、そのせいで足取りはゆっくりになってしまうけど、礼亜ちゃんの
事を考えながらの帰り道は楽しくて、少し悲しい。
「水上さん・・・か・・・」
私の中ではとっくに『ねぇ、礼亜ちゃん。』って呼んで、『何、愛美ちゃん?』って呼ばれてるはずなのに、
2か月経った今でも、何故か名前で呼べなくて・・・もっと、仲良くなりたいのに。

そんな夢心地で歩いていたからか、いつもの帰り道と違う砂利道を歩いていることに気が付きハッとなる。
「やだ・・・どんだけボーッとしてんのよ、私。」
でも、顔を上げて飛び込んできた景色に、私は目を疑った。

「え、ここ・・・どこよ・・・?」
周囲を見渡せば、半壊したビル群、瓦礫の山、舗装されていない小石だらけの地面。
大都会の真ん中に、そんな場所があるはずがない。

人の姿も、人の営みの音も、人が生活する匂いもしない、空虚なこの場所に漠然とした不安が湧き上がる。
「ちょ・・・っと、何よここ!?」
呟き声が不安で叫び声になっても、それはただ灰色の世界に吸い込まれただけで、何も変わらない。
無意識に足が一歩後ろに出て、それきり前には進めなくなってしまう。
そんな私の足が恐怖のあまり180度向きを変え、来た方へと走り出そうとしたその時――――

コ――――――――ン・・・・・・・・・

金属とも木材ともつかない、何かが打ち合わされた音がして、私の脳を激しく共振させた。

コ――――――――ン・・・・・・・・・

やだ・・・直接頭の中に響いてくるみたいで、なんか、気持ち悪い・・・
さらに何度か続いたそれに対し、私は咄嗟に耳を塞いで蹲るように耐えるしかなかった。

「あなた・・・深い悩みを抱えているわね。」
不気味な音が止まってきつく閉じた目を開けた時、そこには綺麗な女の子が棒を持って立っていた。
え・・・?

しかしその子は、あまりにも異質だった。
ところどころ緑色に輝く黒い着物は丈が短く、レースで縁取られた裾から突き出た真っ白な太腿から先は
黒いニーハイソックスと、緑の鼻緒の黒い下駄。
徐々に顔を上げて辿り着いた視線の先は、日本人形のように整った顔立ちの、羨ましくなるような小顔。
地面まで届きそうな黒髪は白い顔の上から艶やかに流れ落ち、右側頭部に煌めく本物と見紛うような揚羽蝶の
飾りが一際目を引いた。

見つめた視線の先に突然現れたその子の緑色に輝く瞳に、吸い込まれてしまったように私は立ち尽くす。

「ワタシはアゲハ・・・あなたの願いを叶えてあげられる・・・。」
アゲ・・・ハ・・・?
そう名乗った少女の小さく動いた唇から発せられた言葉の意味が、私には理解できなかった。
「私の・・・願い・・・」
ただそう繰り返し、また彼女の瞳に見入ってしまう。 ・・・妖しい光を湛える、その緑色に。

「もし、あなたが本当に、あの子と結ばれたいと願うなら・・・」
何もない空間にアゲハが突き出した装飾付きの棒の先端から突然、黒く輝く一頭の揚羽蝶が現れた。
ふわふわと、頼りなげにアゲハの手から飛び立ったその揚羽蝶を、呆然と目だけで追いかける。
そして、それは私の左手に止まり、音もなく掻き消すように消えてしまった。

「その蝶に願いを込めなさい。 ・・・ただし。」
少し落とされた声のトーンに、再びアゲハを見上げる。
そう、私は、見上げた。
なぜなら、彼女は足を組んで宙に浮かんでいたから。
「願いを叶えるには代償が一つ必要。それは・・・」

固唾を飲み込む音が、喉の奥から直接耳の奥に響く。
「あなたは、彼女から決して名前を呼ばれてはならない。」
冷たく宣告されたその声が、耳鳴りを伴って私の鼓膜を震わせる。
「それが受け入れられないなら、チャンスと共にその蝶を逃がせばいい。ただ、それだけよ・・・」

「あ、ちょっ・・・」
私が質問しようとした時、アゲハはもうそこにはいなかった。
灰色の世界も嘘のように消え失せ、見慣れた住宅街の少し路地を逸れた所に呆然と、私は立ち尽くしていた。
引き留めようと差し出した左手の腕時計の下には・・・

蝶の形のような、小さな黒い痕。

「あっ・・・!」
気づいた私は何かから逃げるように強く何度もそれを擦ってみたけど、それは消える事なく静かに佇んでいた。
私が願うのを、待ち続けるように、ただ、静かに・・・

「夢・・・じゃ、ないんだ・・・」
その呟きも、間もなく夜闇に包まれようとしているアスファルトに、重く落ちただけだった。
唐突すぎて信じられないはずなのに、なんだろう。

・・・この、安心感は・・・?

そしてゆっくりと、家路へ踏み出した自分の唇の端がほんの少しだけ持ち上がっていた事になど、私は
気が付くはずがなかった。



 

 

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