First anniversary memorial ShortStory
 Magical girl cynical AGEHA   中編

 

「ねぇ、メグちゃん。・・・わたしといるの、つまらない?」
付き合い始めてひと月が立つ頃、一緒に下校中の礼亜ちゃんに、突然そう問いかけられた。
「え、まさか!なんで?楽しいよ?」
「そう・・・? なら、いいの。ごめんね。変な事言って。」
その質問の意味が分からなくてキョトン顔の私は、少し悲しげな笑みを浮かべられて困惑する。

だって、つまらないはずがないじゃない。
念願だった礼亜ちゃんと、正式に彼女×彼女な関係になれて、部活のない日は一緒に手を繋いで帰って、
この前の日曜は、ファーストキスだって・・・

こんなに充実していると思える日々は、初めてだった。
礼亜ちゃんの表情も、言葉も、吐息も、掌も、今までより近い位置から感じられる。
こんなに好きな礼亜ちゃんといられて、楽しくないはずがないじゃない。
「ううん。いいよ。 私こそ、礼亜ちゃんの事、何か不安にさせてる?」
礼亜ちゃんの頬にかかる一房の髪を払い、不安を隠すようにじっと瞳を見つめる。

「そんなことないよ。メグちゃん、いつも優しいし、ホントにわたしなんかでいいのかなって思えるくらい。」
パッと微笑まれると、もうそれ以上追及することなどできなくなって、熱くなる顔をただ逸らす。
こんな可愛い彼女の気持ちを独り占めできるなんて、例え怪しげな力を使って手に入れたものだとしても、
何の後悔があろうか。

私の目は無意識に、腕時計の下の、黒い痕があった場所を見る。
やはり、もう、何も、残って、いない。
ひと月前にはあった、あの蝶の痕。

ふと我に返り、制服の袖で腕時計ごとそこを隠すように手首を少しだけ持ち上げる。
「ねぇ、礼亜ちゃん。私、帰りにソニプラ寄りたいんだけど、新しいヘアピン欲し・・・」
右側にあるはずの彼女の顔には、期待していたいつもの微笑みではなく、暗い影。
「やっぱり、メグちゃんおかしいよ。 最近いつも時計ばっか気にして・・・」

いつのまにか、癖になってしまっていたのか。
「え、・・・ち、違うの、これは・・・」
指摘され、私は咄嗟に左手を背中に隠す。
歩道の真ん中で歩みを止めて顔を伏せる礼亜ちゃんの肩に、私はそっと手を置く。
「それに!・・・」
置いた右手を払い除けるように、鋭く私を見つめ返す礼亜ちゃんの目には、溢れんばかりの涙。
その様子を目の当たりにして湧き上がる不安が、私の右足を一歩後ずさらせた。

「わたしだって、メグちゃんの事、名前で呼びたいよ・・・あだ名じゃなくて・・・名前で・・・」
目尻から頬のラインを伝って零れ落ちた涙が、私の胸に突き刺さるよう。
「ごめん・・・私、でも・・・」

――アゲハ――

あの冷たく美しい無表情な顔が、私の脳裏をよぎる。

「どうしてよ・・・理由だけでも教えて欲しいのに・・・」
両手で握られた礼亜ちゃんの鞄の持ち手が、握りしめられてギリリと苦しそうな音を立てた。

言っちゃいけない訳じゃないのはわかってる。
でも、そんな夢みたいな事を言っても信じてくれるはずがないし、よしんば信じてくれたとしても、
それは私が礼亜ちゃんの心を善からぬ術で籠絡したのをばらす事になる。

俯いた私の目に映っていた礼亜ちゃんの足が、くるりと向きを変えた。
「もう・・・いい。 今日は、一人で帰るね。」
「あ・・・」
伸ばした手が届く距離でないのは解ってるのに、それでもその腕を掴まなければならないと解ってるのに、
私は、ただの一歩さえも踏み出す事が出来なかった。

ただ呆然と、遠く小さくなっていく礼亜ちゃんの背中を、その場で見つめ続けていた。

 

―――――――――

 

その夜

夕食も食べず、部屋に籠ったままの私は、机に向かってケータイのディスプレイを眺めたまま、いい加減
枯れ果てるのではないかと思うほどの溜息をつき続けた。
送信しようか消去しようか、迷ったままの言葉が暗い部屋で私に選択を迫っている。

このままで良いはずがない。
せっかく想いを伝える事が出来た礼亜ちゃんを、手に入れた原因のせいで失うなんて。
これじゃ、本末転倒もいいところ。
・・・打ち明けてしまおう。
そうすれば誤解も解けるし、何より、礼亜ちゃんを不安にさせなくて済む。

そう思って送信ボタンに指をかけた瞬間、ケータイが震え着信音が鳴り響いた。
「うわぁっ!」
突然の事にびっくりして、私は机にケータイを取り落としてしまう。
垂れ下がっているストラップが、机の天板にぶつかり派手な音を立てた。
気を取り直して手元に戻したケータイの着信ボックスを見た私は、心臓を握り潰されたような気がした。

 

2011/ 7/ 9 22:38
from  AGEHA
Sub   警告

あなたが支払った代償は取り返せない。

もし守れないようなら、歪められた
因果律に囚われてしまうだろう。

何が起きようとも、ワタシはあなたを
助けることができない。

ゆめゆめ忘れぬ事のなきよう・・・
   ----END----  

 

 

「な、何よこれ・・・」
無意識に言葉が零れ落ちても、小刻みに震える画面から目を離す事が出来ない。
返信・・・
返信してやる・・・!
こんな約束、最初からなかったことにしてもらうんだ・・・!!

しかしどういう訳か、焦る親指で何度返信ボタンを押そうとも、返信メーラーが起動することはなかった。
どうなってんのよ・・・
焦りと、怒りと、不安と、恐怖が爆発し、私は床にケータイを投げつけた。
真っ暗な部屋で、大きな音を立てて弾けたそれは、なおもバックライトの光を放ちながら私を見つめ続ける。

「どうしたら・・・どうしたらいいのよ・・・」
結局突破口を見いだせぬまま、膝から崩れ落ちた私は一睡もできずに夜明けを迎えることになる・・・


 

 

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