First anniversary memorial ShortStory
 Magical girl cynical AGEHA   後編

 

「礼亜ちゃん、昨日は、ホントごめん。」
放課後、学校の近くの神社に呼び出しておいた礼亜ちゃんが姿を見せたのは、私が来てから5分後の事。
来てくれたというだけで、私の涙腺は破裂しそうだった。
・・・まだ私の事を信じてくれている。

「いいの・・・改まって、なに?」
3歩も距離を置いて問いかけられる。
この距離を元に戻すために私がしなければならない事は、ただ一つ。

「やっぱりね、私言うよ。全部。・・・だって、礼亜ちゃんに信じて欲しいから。」
告白した時と同じか、それ以上に鼓動が強くなっているのを感じる。
「メグ・・・ちゃん。」

境内に植えられた木々が、風に揺さぶられざわざわと騒ぎ出す。
「信じられない様な事言うって思われるかもしれない。でも、本当の事だから聞いて欲しいの。・・・お願い。」
私の剣幕が尋常でない事を感じたのか、礼亜ちゃんはただ小さく頷いて私を見つめる。
「私、アゲハ、っていう・・・変わった女の子に願いを叶えてもらったの。 ・・・礼亜ちゃんと付き合いたいって。」
鞄を掴む手に、思わず力を込めて言い放つ。
一言目から幻想みたいな事を言われて、礼亜ちゃんはどう思うんだろう。

「その時に、礼亜ちゃんに名前を呼ばれちゃいけないって約束させられて、それでも私、礼亜ちゃんと
もっと仲良くなりたかったから、左手首に約束の印があったんだけど、願いが叶ったらそれが無くなって、
毎日気になっちゃって・・・それで・・・」
しどろもどろになりながらも、一気に吐き出すように、黙っていたことをぶつけてしまった。
時計を礼亜ちゃんにかざしてみても、やっぱりその下には、もう何もない。

「メグちゃん・・・そんなめちゃくちゃな事、わたしに信じろって言うの?」
自分でも、非現実的で荒唐無稽な戯言に聞こえるって、解ってる。
でも、それが私にとっての現実で真実。
「そう、だよね。信じられる訳・・・ないよね。」
俯いた足元に見えるのは神社の境内の砂利ばかりで、なんとなくデジャヴュを覚える。

「わたしが名前を呼んだら、メグちゃんはどうなっちゃうの?」
その一言は、私にとって意外だった。
礼亜ちゃんは、私が言った事を受け入れようとしてくれているというのだろうか。
だとしたら、なおさら私はこの話を続けなければならない。
「昨日の夜、メルアド教えてもいないのに、そのアゲハって子からメールが来たの。もし、名前を呼ばれたら
歪められた因果律に囚われて、どうなっても助けてあげられないって。」

慌てて携帯を取り出し、証拠として礼亜ちゃんにメールを見せようとするも、消した覚えなどないのに
そのメールは跡形もなく消えてしまっていた。
「あれ・・・?  ない、メール・・・なくなってる・・・」
木々を揺らす風が一層強くなって、私達は制服のスカートを押さえずにはいられなくなる。

「やっぱり、メグちゃん。 わたし、信じられないよ。」
強い風の中でもはっきり聞こえた礼亜ちゃんの声は低くて、でも、何故か力強かった気がした。
「だって、わたしもメグちゃんの事好きだから、うんって返事したんだもの。  ・・・そんな、変な話なんか
無くたって、わたしはメグちゃんの事・・・」

風で砂が入ったからではなく、その言葉を聞くなり私の目からは涙が溢れ出した。

そんな・・・

そして同じく砂が入ったわけではなかろう礼亜ちゃんの目からも涙が零れているのを、私ははっきりと見た。
「だから、わたしは信じないよ。 ・・・だから、名前で、呼んでもいいでしょ?」
ザリザリと砂利を踏みしめてやってきた礼亜ちゃんは、鞄を足元に落とすと、そのまま私を抱き締めた。
「礼亜・・・ちゃん。」

私も同じように鞄を手放し、礼亜ちゃんを抱き締め返す。
心配させてごめんね。 もう、私も恐れない。
「礼亜ちゃん、今までホントにごめんね。 だから、呼んで。あだ名のメグじゃなくて、私を、名前で。」
微かに震える身体を支え合いながら、私は耳元に囁いた。
「うん。ありがとう・・・まなみちゃん。」

そう、私の名前は『まなみ』。
同じ漢字で『めぐみ』と読む人もいる事からついたあだ名が『メグ』。
涙が交わりそうな距離から見つめ合って、そのまま私たちの唇は自然と重なり合った。
ただ優しく、お互いの存在を確かめるように、目を閉じてそっと唇を押し当てる。

コ――――――――ン・・・・・・・・・

聞き覚え・・・いや、脳に直接響くような感じ覚えのある音に、ハッとなって礼亜ちゃんから離れる。

コ――――――――ン・・・・・・・・・

そして目の前にいた人物が礼亜ちゃんではなく、黒い着物の少女になっていることに背筋がゾッとなる。
周囲に目を向けると、空は真っ赤に燃え、半壊した本殿が炎上しているかのような印象すら受ける。
風に揺らされていた木々は葉も無く枯れ果て、その風自体もぬるく湿って肌に纏わりつくよう。

「まなみ・・・ちゃん・・・」
安心できるその声は、私の後ろから聞こえてきた。
振り返ると、零れた涙が空の色に照らされ、血の涙を流しているような礼亜ちゃんがこちらを見つめていた。
「湯浅愛美・・・」
低く響く声が、振り返った私を正面に向き直らせる。
「アゲ、ハ・・・」
目の前で着物の袖をはためかせながら微動だにしない少女を、睨み返す。

「お前には幻滅したぞ。こうも容易くワタシとの約束を反故にするとはな。」
「そんなの・・・勝手にあなたが押し付けてきただけじゃない!」
冷たいけど穏やかだったアゲハの物腰が威圧的な雰囲気になって少し怖かったから、自然と大声が出た。
だって、ここで退く事なんてできない。
「そもそも、あなたに叶えてもらわなくたって、礼亜ちゃんは最初から私の告白受け入れてくれるって・・・」
「それがどうした。」
食いつく私を、追い縋る捨て犬を蹴散らすように一喝する迫力に、私は弾かれたように肩をすくめる。

「皮肉なモノね・・・お前は、初めから叶うはずだった願いを、他人の力を借りて叶えてしまった。
臆病で。不安で。恐れで。  ・・・そうでしょう?」
冷たく唇の端を持ち上げるアゲハに、ズバリと指摘され、噛みしめた唇の内側から血の味が舌に広がる。

「さぁ。時間ね。もうお前には・・・」
ゆっくりと地面から足が離れて真紅の空へと吸い込まれる感覚がして、ただ涙だけが重力に逆らわず落ちた。

ごめんね、礼亜ちゃん・・・。
私、アゲハの言うとおりの小さい人間なんだよ。
嫌われるのが怖くて、告白できなかったのに、力を手に入れた途端告白するような、そんな人間なんだよ。

「待って!!」
大きく唇の端を持ち上げて前歯をむき出しにしながら嗜虐的な笑みを浮かべたアゲハに、がっくりとうなだれ
空に向けて落ちて行こうとする私の下から、大きな声が響いた。

「アゲハ、って言ったわよね。わたしの願いを・・・叶えて頂戴。」
「礼亜・・・ちゃん。」
絶望の淵に聞こえたその声で『落下』は止まり、閉じかけ、消えかけていた意識が呼び戻された。
「ほう・・・この状況を見て、それでも、そんな事が言えるの? 小娘。」

「まなみちゃんは、何も悪い事なんてしてないのに・・・返してよ、まなみちゃんを、返して!」
数メートル下から、叫びにも近い声がはっきりと届いた。
「ふふ・・・くっくっく・・・」
数メートル下から、嘲笑ともとれる忍び笑いが、なぜかはっきりと届いた。
「願いによって身を滅ぼす者に善も悪もない。皮肉な事に、お前は、それをまた願いで救おうと言うの?」
どんな表情で二人が言い合っているのか、私から見ることはできない。

でもね、伝わってるよ。礼亜ちゃん。あなたの気持ち。
だからこそ、一時の感情でこんな奴と取引なんてしちゃダメだよ・・・。

「っふふ・・・ 面白い。いいでしょう。」
ふわりと、私の体が『下』へと戻り始めた。
地面に降り立つと、どうなるのかわからなかった恐怖からか、全身の力が抜けてしまう。
そして倒れかけた私を、礼亜ちゃんはしっかりと受け止めてくれた。
・・・震える手で。

「では、あなたが支払う代償は、魂の絆。」
一転して無表情を取り戻したアゲハが、礼亜ちゃんに宣告する。
「あなた達の生命は、これから見えぬ糸で繋がれる。 相手の命が尽きるとき、己の生命も失うことになる。
その関係が続こうと、いずれ崩れようと、関係ない。 永遠に逃れられぬ事になるが、それでも良いな?」
「礼亜ちゃん、ダメ・・・私なんかどうでもいいから、もう、願いなんてやめて・・・」
涙で曇る目を必死に礼亜ちゃんに向けても、彼女の意思を覆すことはできなかった。
「先の事なんて解らない。 でも、今、わたしはまなみちゃんを助ける。」

「よかろう・・・手首に刻まれた蛹の印、見る度に思い出しなさい。 それが羽化し飛び立つ時は、相手の許へ
真紅の空に堕ちる時と心得るのね・・・」
そう言い残し、アゲハは本殿の陰へと姿を消した。
同時に景色が消え失せ、何事も無かったかのような神社の木々が、風に揺られながら私達を出迎えてくれた。

 

―――――――――

 

「礼亜ちゃん・・・私・・・」
神社に設置されたベンチで、拳一つ分離れた位置に座っている礼亜ちゃんの横顔に、ようやく言葉を発する。
「おかえり。まなみちゃん。」
僅かな距離を詰め、そっと抱き締められて、また私は言葉を見つけられなくなる。
「ごめんね、私のせいでこんな事になって・・・」
礼亜ちゃんの肩にしがみ付くように、私は吐き出した。
「謝らないで。まなみちゃん。 だって、やっとまなみちゃんの名前呼べるんだもの。」
もう、礼亜ちゃんの顔を見ることもできなかった。

彼女は、私の恋人で、命の恩人で、これからもずっと、お互い同じ長さの時間しか生きられない。
この蛹が羽化するのが何十年も先の事なのか、それともすぐそこなのかは誰にもわからないけど。
「それにね、今度のこの代償なんか、まなみちゃんのに比べたら大したことないわよ。」
私の目の前に出された礼亜ちゃんの左手首には、うっすらと、小さな、確かに蛹の形に見えなくもない痣。
もちろん、それを見た私が慌てて自分の腕時計を見るとそこにも同じ痣が浮かび上がっている。

礼亜ちゃんは、なんて強い人なんだろう。
私は、これからもずっと、彼女と共にありたい。
そんな願いを込めて見つめる瞳に、もう涙はなかった。
優しく微笑まれ、オレンジの西日に染め上げられながら、私達は無言で唇を重ねた。




 

―――――――――

 

追記: 「シニカルあげは」は、湧水が手掛ける世界で放映されたアニメ(深夜枠)という設定です。
すべての放送回の中で、願いを叶えてもらった人物が破滅しなかったのは、この回だけです。
アゲハファンの間では「愛美も破滅させるべきだった!」「例外を出す必要があるのか!?」「百合回キター!」
などと物議を醸した回・・・という設定でした。

 

 

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