放課後。
じゃーねー。バイバーイ。ねー、どっか行こーよー。・・・そんな声が飛び交ういつもの教室。
「ねー、絢。もう帰る?」
左後ろの席から理沙ちゃんがやってきて私の机に手を置く。
「うん。理沙ちゃんも帰るでしょ?」
そう言ってから見上げた理沙ちゃんの顔は少し元気が無かった。
「あのさ、わたし呼び出し食らっちゃったからさ、先帰っていいよ。」
「うっそ!」
私の知る限り、理沙ちゃんが呼び出されるなんてありえない。
品行方正、眉目秀麗、超絶キュートな理沙ちゃんが呼び出し!?
すっかり気が動転した私にはただおろおろすることしか出来なかった。
「いや、ホントに。じゃ、ちょっと行って来るから、気をつけて帰んなよ。」
そっと私の頭に手を置くと、理沙ちゃんは足早に教室を出て行ってしまった。
「あ・・・理沙ちゃ・・・」
立ち上がって呼び止めるのも間に合わず、そのまま立ち尽くしてしまう。
「滝沢さーん。鍵、ここ置いとくからよろしくねー。」
私以外のみんなはいつの間にか教室からいなくなっていて、最後の子がこっちに手を振りながら
教卓の上に鍵を置いて出て行った。
「あ、うん。また明日ー。」
振り返した手はすぐに止まって、胸元で力なく佇んだ。
小さく溜息をついて椅子に座り両手で頬杖をつくと、理沙ちゃんのことが心配で堪らなくなって来る。
もしかして、何か怒られてたりとかするのかな。
そんな悪いことなんかしないのに、なによ呼び出しって。
怒りとか悲しみとか、勝手に湧き出してきて悶々としてしまう。
「・・・ンパイ、・・・やセンパイ。」
ふと、誰かに呼ばれたような気がして顔を上げるが、誰もいない。
「絢センパイ、どしたの?センチ入っちゃって。」
その軽い声の主は、私の後ろからだった。1年の私を先輩と呼ぶのは一人しかいない。
「三崎さん・・・」
2学期になってから華道部に入部した三崎久美さん。
「三崎さん、そのセンパイって、いつも言ってるけどやめて欲しいんだけど・・・」
同級生にセンパイって言われるなんて、少し馬鹿にされてる気がすると思ってしまう。
「えー、いーじゃん。あたしが勝手に言ってるだけだし、ソンケーの証だよ?」
少し声のトーンが落ちた三崎さんが、シャギーの入った自分の髪をいじりながら私の前の席に座る。
三崎さんは、うちの学校には珍しい『イマドキの女子高生』っぽい子だ。
茶色いショートヘアの前髪をピンで留め、目元にほんの少しだけメイクをしていて、耳たぶには穴が空いている。
「でさ、どしたの?カレシとケンカでもした?」
「いないものとケンカなんてできないって。ちょっと寝不足なだけだから。」
好奇心が灯る眼差しを受け流して溜息をつく。
「へぇ〜。じゃ、絢センパイ、今フリーなんだ。」
「な、なによ・・・」
なぜか嬉しそうなニヤニヤ笑いを浮かべる三崎さんに、からかわれたと思って不機嫌な声を出す。
「あ、ごめ〜ん!別にね、そーゆーつもりじゃないの。ね。怒んないで〜。」
手を合わせて何度も頭を下げる三崎さんを怒る気力も出てこない。
「で、何か用があって来たんじゃないの?」
いつまでたっても本題にたどり着きそうに無いので、話を元に戻すことにした。
「あぁ、そーだった。部活が、試験前だから今日からお休みなんだって。」
「そっか。もう1週間前なんだ。三崎さんはちゃんと勉強してる?」
ちらりと三崎さんの顔を見ると、即座に目を逸らされてしまう。
「あ・・・えと・・・げ、元気出してね。絢センパイ。じゃね。」
そう言うと三崎さんはそそくさと席を立ち、ドアを豪快にバターン!と閉めて出て行ってしまった。
逃げた・・・
バウンドして半開きになったドアを閉めに行き、再び席に着くと、
午後の日差しが差し込んでくる暖かさに、眠気が押し寄せてくる。
「ふあ・・・あ・・・」
わずかに視界が霞んだので、机に置いた腕に頭を乗せる。
すぐに意識が細波に揺られて、フェードアウトしていくまで数分とかからなかった。