Beams その10


翌朝−

「あー、真結花さんだー!」
「真結花ちゃーん!おはよー!」
「波崎先輩!おはようございます!」
いつものお出迎えが巻き起こる通学路。
でも、今朝のそこはいつもとは少しだけ違っていた。

3分ほど校門の近くで待ってみたものの、千河が登校してこないのだ。
体調不良で出逢わない日もたまにあるけど、どうしても気になってしまう。
それでもボクは挨拶してくれる子達に小さく手を振りながら『朝の爽やかキラキラビーム』をサービスする。
ふぅ・・・
しかし3分も立ち止まっていた為に、いつもの倍以上のビームを撃つ事になってしまったので、ボクは
仕方なく校門をくぐり、少し心配になりながらも教室へと向かった。

千河・・・やっぱりメールに即レスした方が良かったかな。
ぼんやりとそんな事を考えていると、ようやく登校してきた千河が教室の前扉から少し早足で自分の席へ
向かってくる。
少し眠そうな表情で、何も言わずにボクの横を抜けて定位置に腰掛ける。
なんとなく千河の雰囲気に押され、いきなり挨拶するタイミングを逃してしまった。
うーん、どうしたものか・・・
椅子を引く音に混じって聞こえた溜息が、ボクの不安を掻き立てる。

「おはよう☆千河。」
身体を120度左に捻ってキラキラ爽やかビームで牽制するボクに、今の千河の守りは強固過ぎた。
「うん・・・おはよ。」
明らかに暗い声で、じっとりとボクを睨み返してくる。

うぅっ・・・こ、これは『極ツン』の千河じゃないか・・・?
出来れば2度と見たくなかったその表情に、冷たい汗が一筋、背中を伝い落ちた。

忘れもしない。
アレは中三の夏。
ボクが休日に他のクラスの子と遊んでいる時に、千河とバッティングしてしまった事があったのだ。
しかもその状況が、またよりによって、ちょうどお互いに差し出したクレープを同時に食べていた時で、
その場では何も無かったものの、翌日から千河が一切口を利いてくれなくなってしまった事を・・・

そのときボクは、妬かれる筋合いなんか無いと思うと同時に、漠然とした不安も味わった。
千河が、もしこのままボクとの友情を消そうと思ってしまったら、どうなってしまうか。
それが怖くて、ボクは3日掛けて事情を説明してやっと納得してもらったんだっけ。

そのときは偶然だったけど、今回もなにやら「やってしまった感」が胸の中に湧き上がってくる。
暗紫色のオーラを背負った千河には背を向け辛いけど、話を繋ぐにはもう少し間を開けた方が良さそうだ。
捻った上半身をゆっくり正面に戻す。
我ながら表情が解けていないのが間抜けだと、心の中で自嘲する。

「おっすー。まゆき・・・ちょっと、なにニヤニヤしてんのよ?」
いつの間にか背後に忍び寄った(登校してきただけだけど)あられが、挨拶も終わらないうちにボクにツッコむ。
「うるさいなぁ。」
ボクの苛立ちなどどこ吹く風。あられはミラーを覗き込みながら前髪を整えるのにご執心のようで、
明らかに澱んだ、自分の前と左の席の間の重い雰囲気になど気づくはずも無い。

そんな状況を知ってか知らずか、あられよりも空気を読める予鈴のチャイムが高らかに鳴り響いた。
とりあえず、助かった・・・かな?
皆が席に着いて先生が入ってくるまでの間、ボクの背中にはチリチリと焼け付くような稲妻状の矢印が
何本も射掛けられていたけれど、真面目な千河の事だからホームルームになるとそちらに集中したようだ。

一方、ボクの心はホームルームとは反対方向にインサイトしていく。
やっぱり千河が怒っているのはメールを返信しなかった事だろうか。
千河の『急がなくていい』は『早くしてよ』の類義語なのだと、ボクは知っているのに。
昨夜はボディチェックをした後、シャワーを浴び直したらベッドに倒れこんでそのままブラックアウトしてしまい
気づいたときにはもう朝になってしまっていた。

今ひとつ妙案が出ないまま、皆が椅子を引きずる音でハッと我に返り、慌てて立ち上がる。
礼の直後にホームルーム終了の鐘が鳴り、教室は1時間目の体育に向けてざわつきだす。

 

 

 

 

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