Beams その11


窓側に座っている皆が、誰からとも無く一斉にカーテンを引く。
校庭で行われる体育の着替えを、わざわざ体育館の更衣室に行ってする人がいないのはどのクラスも同じ。
しかし、机の上に腕を組んだままの千河は、窓際に座っているにも拘らず立ち上がろうとすらしていなかった。
春の日差しが、その一箇所からだけ入って来ていて、スポットライトのように千河に注いでいる。

なるべく千河の方を向かないように横目でそれを気にしていたボクは、今学期初出番となるジャージを
机の脇に掛けていた袋から取り出す。
リボンタイを外しながら、やっぱり話しかけたほうがいいかな、なんてボクらしくも無い迷いがもやもやと
湧き上がってきた。

ボクがインサイトしながらブラウスのボタンをいくつか外したところで、不意にボクの後ろでいつもより
一段高いあられの声が、ボクだけでなくみんなの耳を貫いた。
「ちょっと、柳さん!? カーテン閉め・・・うぐ・・・」
その声にハッとなって一瞬で現実に引き戻されたボクは、慌ててあられの口を塞ぐ。
や、やめてーっ!!
今の千河にそんな癇癪玉投げたら、血の花火が上がっちゃうからーっ!!
ボクの必死な形相が伝わったのか、口を塞がれた事に驚いたのか、あられはそれ以上言葉を続けなかった。

あははと苦笑いに引き攣った表情のまま、ボクはそそくさと千河の後ろを回ってカーテンを閉める。
それを目で追っていたあられも皆も、何事も無かったかのように着替えを続ける。
と言う訳で必然的に・・・ボクは千河の横に来てしまった。
自然に千河の領域に入ってしまった今なら・・・
嫌な記憶が蘇ってしまった後だからか、不自然なほど鼓動が速くなっている事に気づく。

「あ、あのさ、千河・・・」
千河の机に両手をつき、組んだ腕に顎を乗せたままの千河の頭頂部に向かって出たその声は、あまりにも
苦々しく、勢い無く机にばら撒かれてしまった
「ごめんね。昨日のメール、すぐ返事しなくて・・・怒ってる?」
ド直球を投げてみる。
婉曲な表現は思いつかなかったし、今の閉塞を打ち破るにはこれしかないと思ったから。

「まゆ・・・別におこ・・・」
ゆっくりと、岩戸が開くようにボクを見上げようとする千河の動きと言葉が、途中でぴたりと止まる。
あ、あれ・・・?
そのまま千河の視線が上がってくることを期待していたボクは、固まった千河の視線を追う。

ん・・・?

ボクの目には、水色のブラに支えられている見慣れたボクの谷間が。
ということは、千河の目には、このブラの水色とボクの美しい白い肌が、肌蹴たブラウスから覗いていて、
いかにも『秘密の場所なのっ(はぁと)』的に映っているに違いない。
・・・いや、そんな訳ないか。
いけないいけない。つい自意識過剰に・・・

「ま・・・ゆ・・・バカ・・・」
千河の顔が震え出し、ボクの言葉よりも重く机の上から床に落ちていった。
「バカッ!!!」
バンッ!!!と机を叩いて立ち上がった千河と、反動でガタン!!!と倒れた椅子の音に、教室の視線が
一瞬で集まり、そして凍りつく。
千河はギロリと音が聞こえる程の勢いであられを睨みつけ、
「あたし、気分悪いから保健室行くね。先生に言っといて。」
と言い残して、大股で教室を横断してドアを勢いよく開け放ち、パタパタと廊下を走り去っていった。

しまったー・・・
まさかそんなところに引っかかったなんて。迂闊だった。
ふとあられを振り返ると、いまだにコクコクと首を縦に振り続けている。
よっぽど怖かったんだね・・・。
でも、さっきからクラス中の矢印が背中に突き刺さっているのに、そんな同情をしてる場合じゃない。

追いかけないと。

ボクはブラウスのボタンを留め直すと、くるりと振り向いてなるべく明るい声で言う。
「ごめんみんな。ボクも体育はパスするよ。」
さっきまで顔に縦線が入っていた皆が、今度は揃って苦笑いになる。
うん。解り易い反応だ。
そして、あられの肩をぽんと叩いて正気に戻してあげる。
「千河が驚かせてごめんね。ボクの分も先生によろしく。」
小さくウィンクして、ボクは千河が開け放ったドアを駆け出る。


 

 

 

 

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