Incommensurate  その7


昨年   12月24日・2

 

夜--------

「 huu , ご馳走様でした。」
礼儀正しく手を合わせて、夕食を食べ終えたジェシーは満足そうな溜息をついた。
アメリカには『頂きます』や『ご馳走様』という言葉は無いんだと、ジェシーはずっと前に言ってたっけ。
「お粗末様。」
コタツで対面に座る私は、今日もその言葉が聞けた事が嬉しくて堪らない。

なぜなら、七面鳥を丸ごと調理するなんて、私にとって生まれて初めての挑戦だったから。
3日も前に業務用スーパーで、冷凍の丸ごとターキーを買い込み解凍。
『ブライン漬けにする』という方法なら美味しく食べられると書いてあるレシピを見つけ、親にどうしてもと
頼み込んでお店の設備を使わせてもらって作ったのだ。
『ジェシーの為』という理由が無ければ到底認められなかっただろうけど、逆に考えればそれだけの理由で
許される程、ウィットフォードさんはうちのお店の上客だという事なのだろうか。

もちろん、二人で1羽を食べる事なんてできないから、残りはお店のまかないになった。
年末の繁忙期にも拘らず、協力してくれたお店の皆には感謝の言葉しかない。

「トーコ、このTurkey最高だったね! わたし、今まで本当はTurkey苦手だったよ。」
「そうなの? アメリカでは感謝祭とクリスマスのごちそうってイメージだったけど。」
「 un , わたしは鶏の方が好きね。」
素直すぎる感想に、チクリと胸が痛む。
やっぱり鶏にした方が良かったのかと思ったら、今日までの努力が報われない気がしてきた。

「 non non! トーコ、その顔おかしいよ。」
表情に出てしまったのか、ジェシーが慌てて私の横へやって来た。
「わたし、Turkeyの準備するの大変なの知ってるね。 凍ってるの溶かすのに何日もかかるのも、焼いてる間
温度管理するのが難しいのも、ずっとオーブンの前で見張ってないといけないのも、知ってるね。」
「ジェシー・・・」
年に2度だけご家族が七面鳥を調理するのを見て育ったのだから、知っていて当然なのだろう。

「トーコ、頑張ったね。 それに、美味しかったね。 本当に『ご馳走様』ね。」
「ジェシー!」
もう、止められなかった。
私を認めてくれる人を、強く抱き締めてしまう事に、歯止めなんか掛からなかった。

しっかりと私を受け止めてくれたジェシーの腕が、優しく私の背中に回された。
私の頬が熱いせいか、触れ合うジェシーの頬が少し冷たく感じる。
「良かった、喜んで貰えて。」
「当たり前ね、トーコ。 トーコの気持ち、わたし、いつも嬉しいね。」
その言葉で、私の腕に籠る力がちょっとだけ強くなる。

「ジェシー・・・ 私、ジェシーの育ってきたアメリカの環境ってよく分からなくて、ハロウィンも感謝祭も
何もしなかったから、だから、クリスマスはアメリカ風に迎えさせてあげたいなって思って・・・」
語るつもりの無かった想いが、するすると流れ落ちて行く。
「トーコ、ありがと。 そんなにわたしの事考えてくれて、わたし幸せね。」

ちゅ。

左頬に、頬よりも柔らかくて、表面積の小さい何かの感覚が弾けた。
それが何だったのか、その時の私には理解できなかった。

「 the states では、Christmas は家族と一緒に過ごすね。」
囁きかけるように、抱き合ったままのジェシーが私の耳元で口を開く。
頬が触れたままだから、ジェシーの顎が動く感じが私の頬に伝わってくる。
「でも、日本の Christmas は、恋人同士で過ごすって聞いたね。」

こっ・・・!
「だ、だからって、別に恋人同士じゃないといけないって事は・・・ あっ!」
ジェシーに全体重を預けられ、抱き付いたままだから手を離せず受け身も取れなくて、私の頭が畳についた。
顔を離したジェシーはさらさらの長い金髪を掻き上げて、馬乗りのまま私を見つめる。
胸を突き破りそうな鼓動が畳を伝わって、私の全身を震わせているみたいな錯覚さえ覚える。

「トーコ・・・」
私の名前を呼んだジェシーの顔が、逆光を背負いながらゆっくりと近づいてくる。
あ・・・
どうなっちゃうんだろ、私・・・

きっと、ジェシーにならどうされてもいいなんて、その時は思ったのだろう。
ゆっくりと目を閉じて、ジェシーが近づいてくる空気の動きを感じとる。
お互いの鼻息が掠めるような距離で、その時は永劫に続くんじゃないかとさえ思った。

ジェシーの指が私の首に回され髪を除けて項に触れると、ぞくりと肩から全身へ電気が走る。
それを動力としたのか、鼓動のスピードも、強さも、どんどん勢いを増していく。
しなやかな指先が何度も首に触れて、その度に力が抜けて行くような、身体が強張っていくような、今までに
感じた事の無い感覚が私を支配する。




 

 

 

 

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