Incommensurate  その8


昨年   12月24日・3

 

「はい、できたね、トーコ。」

うちのお風呂場の石鹸とは違うシャボンの香りと共にジェシーの顔が遠のいて行き、蛍光灯の光が瞼越しに
私を現実へと連れ戻す。
目を開ければ、依然優しい微笑みを浮かべたジェシーが私から降りて反応を待っているようだった。

ジェシーの様子と自分の首に、何か違和感を感じた私はそっと頸部へ指を伸ばしてみる。
何か細い紐のようなものが爪に触れたので、思い切り顎を引いてみるとそこにあったのは、銀色の糸?
「トーコ、あんまりおしゃれ好きじゃないね。 折角可愛いのに、もったいないね。 だから、ネックレスを
プレゼントね。」
ま、また私の事を可愛いって言う・・・
そういう事を言うから、おしゃれが好きじゃないって言う所にも、顔が熱くなって反論できなくなってしまう。
「こんな、ジェシー、高かったんじゃない!?」
「 non non , わたしのお小遣いで買える値段ね。」

ほ、本当かしら?
改めて見てみると、ネックレスには親指の爪程の大きさの十字架型のトップが付いており、その中心には
水が結晶したかのような、限りなく透明で一際輝きを放つ小さな石。
「ウソ! 絶対高いに決まってるじゃない! これ、ダイヤモンドでしょ!?」
いくら装飾品に縁が無いと言っても、母の持っている宝石ぐらいは見た事がある。
この輝き方は、紛れも無い宝石の王の証。

「ウソじゃないね。 Diamondも、ピンからキリまでね。 それに、chainは肌に優しいtitaniumだし、きっと
トーコに喜んで貰えると思ったね。 トーコが喜んでくれたら、どんな買い物もお買い得Saleのvalue priceね。」
信じて欲しいのか、ジェシーはいつも以上に熱心に説明する。
うぐ・・・
そんな言われ方されたら、私・・・

「うん・・・ ありがと。 疑ったりしてごめん。 すごく嬉しい、嬉しすぎて、分かんなくなっちゃった。」
もう、だめだ、私・・・
胸の奥に力が入ったまま抜けない。
「 No , problem ね。 トーコ、いつもありがと。」
その笑顔。
子供みたいな、大人みたいな。
そう、私からしてみればジェシーの笑顔も、出会った時に言われたあの言葉。

『私好みの笑顔』なの・・・

わかってた。
いつの間にか、私はジェシーが好きになってたんだって。
友達としてもそうなんだけど、もっと、親しくなりたいって。
だって、普通、友達にはドキドキしたりしないもの。

「ジェシー・・・ 私・・・」
「ん? なに?」
ほんの少しだけ首を傾けて言葉を促すジェシーは、少し甘い声になったような気がした。
自己分析とも、自分への言い訳ともとれる思考が私の頭の奥でぐるぐると渦巻いて、答えだって出てるのに、
気持ちの足首を掴んで引き留める。

蛍光灯が照らす茶の間は静かで、このままでは私の暴れ馬のような鼓動が届いてしまいそうな事にハッとなり、
飛び出しそうになった言葉を無理矢理別の言葉に挿げ替える。
「わ、私も、ジェシーにプレゼントがあるのっ!」
危うく自分の空気によって大それた事を言いそうになったけど、なんとか踏み止まれた。
「 oh , わたしに? いいの?」
「うん!もちろん!」
隠すことに慣れていない感情を抑え込んでいる為か、一言一句が大声になってしまう。

私はコタツの陰に隠しておいた、丁寧にクリスマスカラーの紙でラッピングされた小箱を取り出す。
「開けてもいいね?」
「うん!どうぞ!」」
わくわく顔のジェシーを、どうにも直視できない。
丁寧に包装紙を剥がしたジェシーは、中身に到達すると弾ける笑顔で歓声を上げた。

「 oh my! これ、セパレーツ!の魔人を呼ぶリングね!」
子供向けな商品だけど、これならジェシーが喜んでくれるんじゃないかって、家電量販店の玩具コーナーで
30分悩んで決めたのが功を奏したようで、ほっとする。
パコッと箱の開く音がして、ジェシーは早速プラスチック製の指輪を自分の指にはめようとする。

「 umm・・・ わたしのmiddle fingerには入らないね・・・」
流石に子供用の玩具を原作通り中指に通すのは無理だったようで、私は自分の予見性の甘さに打ち拉がれる。
そんな事まで考えられなかった。
『ジェシーが喜びそうなもの』という事しか考えてなくて、自分だけ舞い上がって。
結局、私はジェシーの事なんて・・・

「トーコ、ring fingerならなんとか入ったね。」
不意に掛けられた明るい声に、項垂れそうだった顔を上げた私の目に飛び込んで来たのは。

『お前の願いを言ってみろ・・・』

指輪が指にはまった事をセンサーが感知したのか、指輪がピカピカと点滅しながらそんな音を出した。
指に対して不釣り合いなほど大きいプラスチックの塊がくっついているのは、ジェシーの、

左手の、薬指!?

「ジェ、ジェシー! そ、その指は・・・」
ボッと、私の頬が、音を立てたような気がした。
「わたしの願い? umm・・・」
取り乱す私をよそに、ジェシーは指輪の問いかけに対して真剣に考え込みはじめる。

「まだ、秘密ね。」
『ふははは、その程度では叶えてやれんな!』
ジェシーと指輪の噛み合わない会話を聞きながら、私は一人葛藤に悶え苦しむのだった。


 

 

 

 

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