Jack-o'-Lantern comes to her e   その11

 

 

「そうなの、起きたらこうなってて・・・ 外して、理美ちゃん。」
私のお願いに対して、理美ちゃんは昨夜のようなニヤニヤを浮かべながら繋がれた腕の間へと潜り込んでくる。
「んー、そんなゆうても、鍵なんてあれへんよ。」
「え・・・」
事も無げに言い放たれた大事に、私は言葉を失う。

「それな、もうずいぶん古いもんやから、とっくに失くしてもうてんねやんか。」
「そんな・・・」
手錠の輪っかには多少の余裕があるものの、手が抜けるほどの隙間は無いので、無理に引き抜こうとしても
頑丈な鉄に阻まれて手首が痛むだけだ。

「えへへ。 こうしてずっと、氷音先輩の腕の中に居られるなんて、幸せやー。」
幸せそうな笑みを浮かべる理美ちゃんの表情の真意を読み取る余裕など、今の私には無かった。
このままずっと手錠をしたままだなんて、もう生きて行けない。
まず、手が繋がってるから、服を着る事が出来ない。
という事は、この家から出られないし、あまつさえ、理美ちゃんのおばあ様がお帰りになられたら・・・

「ひ・・・氷音先輩?」
怪訝そうに私を呼ぶ声が聞こえてきた。
その理由はきっと、どうしたらいいのか分からなくなって、私の視界が絶望で滲んでしまったからだろう。
「じゃあ、もう、私はずっと、このまま、なの?」
「ちょ、ちょい待ちや、氷音先輩。 大丈夫、大丈夫や、今外すから。」

私の表情に慌てた理美ちゃんが腕の間からするりと抜け出て繋がれたままの手を取る。
そして、右手の甲にそっと柔らかい唇を寄せてから、手錠を指で撫でながら呟いた。
『ビビディ・バビディ・ブー!』

するり。
視界が滲んでいる私にはよく分からなかったけど、理美ちゃんが『シンデレラを開放する呪文』を唱えた途端、
手首はあっさり自由になった。
「氷音先輩、うち、な。」
真剣なんだけど、どこか遠い所を見るような、理美ちゃんの表情。
初めて見るそんな顔に、胸の奥がさざめく。

「昨日、氷音先輩が疲れ切って寝落ちした後も、ずっと氷音先輩の顔見てたんやけど。」
なんだかすごく恥ずかしい寝顔を見られていた気もするけど、私は口を挟まず続きを待つ。
「ウチが見たかったんは、氷音先輩の笑顔だけやなかったんやなと思ってん。」
降り注ぐ、朝日のような微笑みが、私の心に差し込んできゅうっと音を立てた。
理美ちゃんがそう言って再び私を抱き締めるので、私も自由になった手を理美ちゃんの腰へと回す。

「笑顔はもちろん素敵やけど、それだけやなくて、もっと・・・」
「もっと・・・?」
言い淀んだ言葉の続きを促す私に、理美ちゃんは少し困ったような表情を返す。
「もっと、いろんな表情が見たい。 声も、仕草も、もっともっと氷音先輩を知りたい。 ウチしか知らない
氷音先輩を、一緒に居られるうちに・・・」

「そんなに想って貰えて、私は幸せ過ぎね。 ・・・ただ、ちょっとやり過ぎよ、理美ちゃん。」
抱き締めるというよりは、しがみつくというくらいに腕の力を強めている理美ちゃんの笑みを追いかけて
ほんの一瞬だけ唇を重ねる。
「あ。ごめんな、氷音先輩。 でも、そのくらい、氷音先輩と離れたくないんや・・・」

まだ先の事だというのに。
普段は豪快で適当に見える理美ちゃんは、本当は繊細な心の持ち主だと私は知っている。
だから今は、胸に寄り添う理美ちゃんから少しでも不安を払拭してあげられればと願う。
それがいつかは分からないけど、きっと離れ離れになる日が来るのは間違いないから、気休めも否定もしない。
私に出来るのは、その真っ直ぐな気持ちを受け止めてあげる事だけ。
「うん、ありがとう。 理美ちゃん。」

くせっ毛の髪を撫でながら感謝を述べると、理美ちゃんはすうと大きく息を吸って首を縦に動かした。
『もう大丈夫や。 うちはこんな事で泣いたりせえへん。』
なぜだか、そう言われたような気がした。


 

 

 

 

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