Jack-o'-Lantern comes to her e   その12

 

 

  翌日(月曜日)

 

 

「おはよう。」
「おは・・・あれ?」「おは・・・って、どしたの? 手。」
休み明けで賑わうホームルーム前の教室。
私の隣の席では、毎朝おなじみとなった生徒会の二人がじゃれ合う光景。
今朝はきみのちゃんの背中にかすみちゃんが負ぶさるようにもたれ掛かっていて、まるで鏡餅みたい。
そんな二人が、挨拶した私の方を見るなり動きを止めた。

「あ、ちょっと、捻っちゃって・・・」
湿布を貼った両手首を顔の前にかざしながら、私は用意していた台詞を述べる。
「氷音ちゃん、大丈夫?」
「痛いの? ひーのん。」
「うん、ごめんなさい。 ありがとう、大丈夫。」
ごめんなさい・・・
私は、自分の小さな嘘のせいで友達に心配を掛けさせてしまう事に対して、謝ったのかもしれない。

何故なら、私は怪我なんてしていないから。

跡が残っている訳でもないのに『手錠を掛けられた』という昨日の出来事を人目に晒すことを、心の奥で
拒否している・・・のかもしれない。
だから、二人の方を向いている事すら申し訳なく思えてきて、私は急ぎ席に着いた。
隣からは私を見つめる視線と、その事を叱責する声が聞こえてくる。

「ひーのーんせーんぱーい!」
声が近づいてくると同時に、ドア近くの子はひょいと壁際から身体を離す。
ズバンと扉が開いて、声の主は私の傍にやってくると急ブレーキを掛け停止した。
「おはようさん・・・って、どないしたん!その手ぇ!」
机の上で組んでいる私の手を見るなり、理美ちゃんは驚きのあまりオーバーアクションで飛び上がった。
「あ、うん、夕べ、帰ってからちょっと捻っちゃって・・・」
理美ちゃんにまで・・・
一番迷惑を掛けたくない人にまで嘘をつくことに、自然と視線が逸れる。
「ほんまに!? ・・・大丈夫なん?」
「うん。ごめんね。 ありがとう。」
「気ぃつけてな。 大事にしてや。」
心配そうな眼差しを受け止めきれず、私の視界は机の茶色い天板だけになってしまった。

「そうそう、で、氷音先輩。 これ、昨日忘れもんしてったから、持って来てんけど。」
小さな黄色いビニール袋を差し出され、ドキリと心臓が跳ね上がった。
昨日までの出来事を学校にまで持ち込まれるなんて、恥ずかしいったらない!
どくどくと音を立てながら、まるで全身の血流が加速し始めたような感覚にくらくらしてくる。
「あ、あー・・・ ありがとう、理美ちゃん。」
何を忘れて行ったのかという事も焦りで思い出せず、ただ昨日の話をここでしないでという願いだけが脳内を
支配する。

「・・・ん? どないしたん、氷音先輩?」
あたしの挙動に不思議そうな顔をする理美ちゃんと、向けた背に怪訝そうな眼差しを注ぐ鏡餅が1セット。
そこに救いの手を差し伸べるかのように、ホームルームの予鈴が鳴り響く。

「お、ほな氷音先輩、また委員会で。」
聞き慣れたその音にぱっと身を翻した理美ちゃんは、小さく手を振ってぱたぱたと廊下へと走り出て行った。
いつも思うんだけど、廊下を走るのは危ないから止めた方が良いんじゃないかしら・・・

「氷音ちゃん?」
「ひゃい!」
背後から掛かった声に体が跳ねて変な返答が零れ落ちた。
思わず、受け取った袋を、教科書たちという先客がいる机の中へ押し込める。

ガコンッ!!

「あっ!」
平静さを失っていた為か目測を僅かに誤った手首をぶつけた拍子に、机に収まるはずだった黄色が、ポロリ。
そのまま私の膝の上を滑り落ち、床の上でガシャンと音を立てて内容物が顔を出す。

何故だか、その瞬間が、私には、とても、スローモーションで見えた。

 

 

「・・・え?」「・・・え?」「・・・あ。」

それは、銀色に輝く輪っかの一部。
勘の良い人なら、容易にそれが何であるか分かる、独特なフォルムを持つそれに。
ゾワリと、脳に送られていた血液が、首を逆走して心臓へと一気に集まった音がした。
見覚えのあるその物体が映った目から、集約したはずの血液が思い切り吸い上げられて噴き出しそう。

「ひーのん・・・それって・・・」
「わーーーっ! ち、ち、ち、違うのっ!」
かすみちゃんの声で我に返った私は、友達の前で出した事がないほどの大声でその先を遮り、何とか事態を
収集しようと椅子から飛び降りるほどの勢いで立ち上がる。
這いつくばるようにそれを掻き集めて、今度こそ机にねじ込む。確実に。

「ひ、氷音ちゃん、落ち着こう、ね?」
きみのちゃんは初めて私の大声を聞いたせいか、驚いた顔のまま私を諌めようとする。
それは他のクラスメイト達にも同じだったようで、袋の中身こそ見えていなかったものの一気に視線が集まる。

「や、違うの、これは、理美ちゃんので、私は、その・・・」
停止したままの思考が必死に突破口を探るも、口下手な私には言い訳の言葉など見つかるはずもない。
理美ちゃんの物だろうと、私の物だろうと、『手錠』と『手首』に因果関係が疑われることは自明だ。
それはあたかも、首筋のキスマークを絆創膏で隠すそれと全く同質なのだから。

「あの・・・ 大丈夫だから、何も見えなかったよ。 ね、かすみん。」
「いや、今のって、手錠でしょ?」
きみのちゃんの痛いほど明らかな気遣いが、かすみちゃんの一言でとどめに変わった。
その証拠に、きみのちゃんは人差し指を唇に当ててかすみちゃんを咎めている。

「でも、別に慌てる事ないのに。 あたし達だって普通に使うじゃん。 ね、みのちゃん。」
「うそっ! こんなのはいくら何でも使った事ないよ!」
「じゃ、今度みのちゃんにしてあげるー。 うふふふふふ・・・」
「ば、ば、ばかっ! 何言ってんの!?」

収拾がつかない、とは、まさにこの事だろう。
飛び火した痴話喧嘩が、真っ白になった頭にぼんやりと響く。

Trick or Treat ?

この定型詩の『Trick』の方に大きくマルがつけられたメッセージカードが袋に仕込まれている事に気付かず、
右隅に描かれている『りみねこ』は、あくまでも明るく、私にあっかんべーをしていたのでした。




fin


 

 

 

 

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