Look at me その11


数日後−

 

放課後を告げるチャイムが鳴り、私にとっては復習にしかならない授業が終わりを告げる。
礼を終えるとすぐに隣のクラスへ向かい、私は入り口に一番近い席の主を訪ねる。
「ねぇ、由梨。このあとお茶でもいかが?」
そこに座っている由梨は、今日もふわりと優しい笑顔で私を見上げる仕草が愛らしい。
「あ、蘭ちゃん。うん。じゃ、準備終わったら廊下で待ってるね。」
せっせと鞄に教科書などを詰め込み始める由梨に返事をして、私も自分の教室へ戻る。

荷物をまとめて廊下に出ると、私を見つけた由梨が頬にえくぼを浮かばせながら胸元で小さく手を振る。
「お待たせ。行きましょうか。」
うんと頷いた由梨を後ろに従えて、教室のある2階から生徒会室のある4階へ向かう。
3階から降りてくる3年生は、何も言わずとも私をよけてくれるので助かるわ。

辿り着いた生徒会室の鍵を開け、会議もないのに二人で中に入る。
鍵を預かっている私の特権。
たまに、ここで放課後を過ごすのが密かな楽しみだったりする。
「あ、じゃあ、わたしやるね。」
「いつもありがとう、由梨。お願いね。」
由梨がペタペタと生徒会室を小走りに駆け回りながらお茶の準備をしているのを、会長椅子から目で追う。

電気ポットが僅かな電気音を発する中、ロッカーにしまってあるティーセットを由梨が運び出す。
マイセンの気品ある佇まいが、無骨な生徒会室の机に咲く睡蓮の花のよう。
そんな景色を目の前に、私は2学期の議題になりそうな書類に目を通して小さく溜息をつく。
体育祭に文化祭、短期留学生の受け入れ、英語スピーチ大会、自治体との職業体験学習、など・・・
「ふむ・・・」
いくつか生徒会が仕切るべきでないのも紛れてるわね。
生徒会は教職員のアシスタントではないと、こちらも毅然とした態度で臨まなければならない。
この学校はまだ若いから、悪しき方向に進んで欲しくはないなんて母校愛にでも目覚めたのかしら、
それともただ、余計な事を押し付けられていると思っただけかしら。

「蘭ちゃん、お湯沸いたよ。淹れるね。」
溜息だけでなく自嘲気味な笑みが唇に浮かんだ頃、温めたティーサーバーを片手に由梨が戻ってきた。
すっかり慣れた手つきで茶葉を入れたそこにお湯を注ぐと、湯気と共に芳醇な紅茶の香りが立ち昇る。
先日私が持ってきたセカンドフラッシュ・シルバーティップスがサーバーの中で舞い踊ってる。

徐々に色づくそれを横目に、私は鞄の中から用意してきたものを取り出す。
「今朝、瑠奈さんにクッキーを焼いてもらったの。一緒にいかが?」
カサカサと紙包みを机の上で開くと、横に座った由梨の顔がぱぁっとほころぶ。
「わぁ!おいしそー!いいの?」
「えぇ、もちろん。お茶が出たら頂きましょう。」
ほんのひと時のおあずけに、由梨は待ち遠しそうにティーサーバーの中の茶葉を覗き込む。

机の上に重ねた手に顎を乗せ、私の横で脚をぶらぶらさせている由梨はまるで子供みたい。
その仕草にこぼした笑みに、由梨が鋭く反応した。
「あー。蘭ちゃん、今笑ったでしょ〜。」
顔だけをこちらに向け、少し頬を膨らませるところがますます子供のよう。
「えぇ。由梨があんまり可愛いからつい、ね。」
私がつい漏らしてしまったそんな本音に、由梨の顔が一瞬で赤くなる。
「もぅ・・・可愛いって言えばいいって思ってない?」
拗ねた言葉とは裏腹に脚を振るスピードが上がって、パイプ椅子が小さくキシキシと軋む。
「そんな風に言われても、本当なんだから仕方ないじゃない。」
つんと頬を突くと、柔らかい弾力と温かさが人差し指から胸の奥へ突き抜ける。

「あはっ。やだ、恥ずかしいよ。」
嬉しそうに立ち上がった由梨は、お待ち兼ねだったティーサーバーの茶葉を押し下げ、二つのカップに
琥珀色の液体を注ぎ分ける。
「はい。どーぞー。」
カタリと私の前に置かれたカップから溢れ出す紅茶の香りが、鼻腔を抜け肺を満たす。

「ありがとう、由梨。さぁ、頂きましょう。」
「うん。頂きまぁす。」
視線を合わせて微笑んでから、二人同時にカップを傾ける。
渋みの中に隠れた上品な甘さが判るのは茶葉が良い証拠。その香りと味に、自然と口元が緩んでしまう。
「んー!おいしいねー!・・・牛乳入れたいけど、普通の牛乳入れたらもったいないよねぇ。」
贅沢な悩みをこぼす由梨に、つい、笑ってしまう。


 

 

 

 

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