Look at me その12


由梨がクッキーに手を伸ばし、サクッと歯を立てる。
美味しそうに何度も咀嚼し、紅茶を一口含む。
「んー!このクッキーおいしー!・・・いーなー。蘭ちゃんは、いつでも食べれるんでしょ?」
「ふふっ。まぁ、そうね。」
目を輝かせる由梨を真似て、私もクッキーを一枚かじる。
陰陽の印のような見た目の、プレーン生地とココア生地が半々のクッキーは、香ばしくて紅茶によく合う
甘過ぎない仕上がり。

「ねー!おいしいよねー!」
「そうね。由梨が絶賛してたって、瑠奈さんに伝えておくわ。」
嬉しそうにクッキーをつまむ由梨を眺めながら、お茶を嗜む午後。
心安らぐとはまさに、こういった事なのかも知れない。
穏やかな時間が、ゆっくりと流れていく・・・

 

「ごちそうさま。今日のお茶も美味しかったね、蘭ちゃん。」
「えぇ。美味しかったわね。良い時間が過ごせたわ。」
満面の笑みを浮かべる由梨。
この笑顔が見たくて、私はお茶会を開くといっても過言ではない。
「じゃ、わたし食器洗ってくるね。」
「あ、待って。」
立ち上がった由梨を見て、私は慌てて呼び止める。

振り返った由梨のスカートには細かなクッキーのかすが付着していたので、それを手で払ってあげる。
「あっ・・・」
突然スカートに触れられたことに、由梨が小さく声を出した。
「汚したまま歩き回らないの。みっともないと思われたら困るわ。」
困る・・・。困るのは誰だろう。
言ってから思ったものの、由梨はありがとうと口の中でつぶやいて、廊下の流し台へ小走りに出て行った。

残った私は紙包みを捨て、掃除用具入れから取り出した箒で床を掃く。
それにしても、さっきの由梨の反応は・・・
そんなに驚くことかしら。

先程目を通していた書類を片付けているうちに、洗い物を終えた由梨が戻ってきた。
「ありがとう、由梨。」
私が声を掛けると、由梨は小さく頷いてティーセットをロッカーに戻す。

・・・?

何か様子が変・・・かしら?
「由梨。片付いたら帰りましょう。」
「う、うん・・・」

返事をしてこちらに歩き出そうとした由梨の体が、前傾して、机の下に消えた。
ビタンッと音がして、少し机が揺れる。
「由梨っ!?」
慌てて駆け寄る私に、由梨は床から弱々しく顔を上げる。
「痛・・・あ、あはは・・・」
「どうしたの?大丈夫?」
よくよく見ると、由梨の足首に電気ポットのコードが引っかかっている。
「うん・・・」
間近から覗き込んだ私と合った目を、ふいと顔ごと逸らす。

「由梨・・・?」
やっぱり・・・
由梨を起こす為に差し出そうとした手は、身体の前に出ることなく萎んでしまった。
「ゴメン・・・ゴメンね、蘭ちゃん。」
唐突にそう呟いた由梨の横顔は、目から零れ落ちた心の流星が一筋、今まさに刻まれるところだった。

 

 

 

 

その11へ     その13へ