Massive efforts その2


「はよー・・・って、どしたの?その顔。」
机に肘をついて顔を支え、溜息ばかりついているあたしの顔を見た友人は、登校してくるなりそう言って
あたしの後ろの席に鞄をドンと置いた。
「真紀ちゃーん・・・うぅぅ・・・」
暗紫色のクマに彩られたあたしの目を見て苦笑を浮かべる友達に、甘えた声を出して気を引く。

「なぁに、萌南。 徹夜でDVDでも観たの?それともネトゲ?」
篠澤 真紀ちゃんはあたしのディープな話題についてこれる数少ない、貴重なヲ友達。
「そーじゃなくてぇ。 昨日ね、あたし、白馬に乗った王子様に出会っちゃった。」
後ろ向きに椅子に座り直し、割と真剣な表情のつもりで、あたしは真紀ちゃんに打ち明けた。
「ハクバノオウジ? なにそれ、どこのMAPに出てくる敵? 萌南の『もなみ1号☆』で倒せるレベル?」
鞄の中身を机に移しながらのとぼけた答えは、本気か冗談か判別しづらい。

「ちっがうって! ぅリアルの話よ、ぅぅリアルの!」
巻き舌でリアルさを強調するもピンと来ないのか、真紀ちゃんは毎朝の日課であるSNSゲームの挨拶回りを
行う為に、ストラップがたくさんついたピンクのケータイをぱかっと開いた。
「なんだぁ。 萌南さぁ、去年の彼氏で懲りたんじゃなかったの?」

あたしはピクンと、その言葉に反応してしまう。
「そう、だけど・・・ごめん、その話は・・・」
目を逸らしてしまったあたしに、真紀ちゃんはちょっと頭を掻いて謝る。
「あぁ、ごめん。 そうだよね。あんな別れ方しちゃったんだもんね。まだ・・・ごめんね。」
気まずい空気になってしまってどちらからも言葉が出なくなった時、タイミングよくHRの予鈴が鳴った。

「んーん。 いいの。 去年の話だもん、あたしもそろそろ振っ切らないとね。」
クマ付きの目で微笑んでも、全然説得力無いんだろうな。
そう思いながらHRに備えて前向きに座り直すと、ちょうど担任の先生が教室に入って来るところだった。

昨日ゲーセンを出てからというもの、あたしの頭の中では『嵐山さん』の影が徐々に大きくなってきている。
あの凛々しいお顔立ち、堂々とした物腰、去り際の微笑み。
思い出しただけで胸の奥が切なくなるこの感じ。
あぁ、せめて・・・もう一度お礼が言いたい。

「霜塚さん。 霜塚さん、よだれが出ていますよ。」
先生の声にハッとなったあたしは、慌てて口元を拭う。 ・・・って、出てないじゃん。
「ボーっとしていないで、ちゃんと朝の挨拶をしましょう。」
小学生に諭すような先生の呆れぶりに、クラスの皆から笑いが巻き起こる。
「はぁい、すみません・・・」
うむぅ・・・我ながら重症ねぇ。

でも、ちょっと待って?
キュルキュルと、昨日のゲーセンでの出来事を頭の中に巻き戻す。
そうだ・・・!
嵐山さんはあたしと同じ制服だった!
一年のあたしが三年の教室へ行くのはちょっと怖いけど、事前にどのクラスにいるのかを教員室に眠る秘宝・
『クラス出席簿』で調べておけば無駄な危険を冒さずに済むじゃない!
ぬっふふ。あたし天才!
HR終了のベルが鳴って号令が終わると、あたしは早速担任の後ろをついて教員室へとニヤニヤ顔で向かう。

「霜塚さん? どうしました?」
あたしの殺気(いや、出してないけど)に気づいたのか、振り返った担任が怪訝な顔で尋ねる。
「あ、いえ、1時間目の授業で使うプリントでも運びましょうか?と思って・・・」
「大丈夫よ。特に配布物はないから。ありがとう。」
愛想笑いでごまかすあたしを気にした様子も無く、笑顔で却下した担任をその場で見送る。

おーまいがっ!
諦めない!あたし、諦めないからっ!
廊下でだんだんと地団太を踏むあたしを、すれ違う子が恐る恐る避けて行った。

なぁーに、用事なんか無くたって、教員室くらい何食わぬ顔で入れるんだからっ!
突然ふふんとしたり顔で腰に手を当てて歩き出したあたしを、通りすがった子が明らかに避けて行った。
「失礼しまーす。」
1時間目に向けて慌しい教員室に潜入したあたしは、素知らぬ顔で出席簿が管理されている棚の前に立った。
三年の名簿はいちばん右。5クラス分あるそれを素早く引き抜き目を通す。
なにぶん『あらしやま』なんて絶対名簿の最初の方だから探すのは簡単・・・。

「おい君、何をしてるのかね?」
最後の3-Eを見終わったその時、背後から掛かった声にビクンと肩が跳ねる。
なぜならその声は忘れたくても忘れられない、最強の睡眠魔法の使い手でもある皆の嫌われ者『古文の竹村』。
げぇー!
よりによってこんなのに見つかるなんて!

「あ、いえ、何でもありません!」
分厚い眼鏡の向こうからナメクジが這い回る様な視線を向けられて、反射的に体を半歩分ずらす。
「あん?1年の霜塚、だな?」
うわ!特に何かやらかした覚えもないのに、何でまだ5月なのに名前を憶えられてるのよ!?
「テストの点は中学の頃から良いみたいだが、素行も評価に入るのを忘れるなよ?」
「はいっ、すみませんでしたっ!」
乾いた笑いを残して、一目散にあたしは教員室から走り出た。

廊下を走り抜けるあたしの目からは、流れ落ちる白い昆布。
なんで!?なんでどの名簿にもないのっ!
『嵐山 みひろ』!!

 

 

 

 

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