Massive efforts その3


「真紀ちゃん!聞いてよっ!!」
昼休み。
向い合せた机にお弁当を広げ、フォークを握りしめた手をドンと机に叩きつける。
「んぁ? 今度は何よ?」
待ち遠しかった最初の一口目を口に入れようとしていた真紀ちゃんは、あからさまに眉を顰めて手を止めた。

「無かったのっ!『嵐山 みひろ』!!」
何も刺さっていないフォークをぱくりと口に咥えると、鉄の味だけが苦く舌に広がる。
「はぁ? 何かのアニメキャラのフィギュアかぬいぐるみの話?」
全く状況が呑み込めない真紀ちゃんは、呆れたように念願の一口目のご飯を口に運ぶ。
「ちっがうってば! 例の王子様。それがね、名簿になかったの。」
「ふーん、それで? ・・・って、え、うちの生徒なの!?王子様って!?」
あたしの突っ走った発言にツッコむことを諦めかけた真紀ちゃんといえども、さすがにその事にはツッコまずには
いられなかったみたいで、口の端からご飯が一粒ポロリ。

「うん。そーだよ。言ってなかったよね? だから今言った。」
「あーそー。へー・・・あはは・・・」
理解の範疇を超えたのか、美味しそうな玉子焼きを口に運ぶ真紀ちゃんは、あたしから目を逸らす。
・・・。
どうやら完全に諦められたみたい。
「だからね、それで、いなかったのよ。『嵐山 みひろ』!」
「いや、2回言わなくていいから。」
どうしても話を聞いて欲しいからとしつこく食い下がるあたしを往なして食事を続けようとするなんて、うぅっ、
真紀ちゃんの薄情者っ!

「あー、もー、ほら、そんな顔しないの。 聞く。聞きますから。」
顔を逸らしたまま箸も止めないけど、さすが、持つべきは友達ね。
「さすが真紀ちゃん!ありがとうっ! ミートボールあげちゃう!」
「わーっ!味の違うおかずを直接他のに乗せるなっつーの!」
あたしがポンと落としたそれを真紀ちゃんは、裏返したお弁当の蓋の上に慌てて移し替える。

「嵐山さんはね、三年色のリボンだったの。だから、教員室でこっそりクラス出席簿覗き見してきたんだけど。」
「マジで!? 何してんのよ!?」
今朝の事を思い出しながらぽつぽつ語るあたしに、ようやく返ってきた真紀ちゃんのツッコミが心地よい。
「てことはよ? 何者かな? 隠れキャラ? あたし知らない間に出現条件満たした?」
「知らないよ・・・」
あたしがあげたミートボールを口に入れ、真紀ちゃんはもむもむと咀嚼しながら苦笑を浮かべた。

「名前、嘘だったのかな?」
それは、認めたくない可能性。
命を救われたのに、その人が嘘をついたなんてことが。
確かに、あんなに大声出して呼び止めたりしたら迷惑だったかもだけど・・・
「それはあるかもね。 ハンドルネームとか、偽名とか、源氏名とか。」
源氏名って何?と思ったけど、真紀ちゃんはペットボトルのジュースを飲み始めたので聞かずにおいた。

「んっ・・・それに、名前だけならまだしも、制服自体がネットでン万円で買ったなんちゃってで、うちの生徒じゃ
ないってことだって、今の世の中ありえるんだぞー。おー、怖い怖い。」
ペットボトルの蓋を閉めながら、悪いニヤニヤ笑いを湛える真紀ちゃんがあたしをイヒヒと脅す。
「うわぁぁぁぁん! それ以上言わないでっ! やめろ!ジョッカー!ぶっとばすぞぉぅ!!」
恐ろしすぎる例え話に、あたしは両手で頭を押さえながらイヤイヤと頭を激しく振る。

でも、それも可能性の上ではあり得る事だから、それを思うとまた溜息が一つ。
あぁ、本当の名前も知らぬ遠い空の君よ・・・
愛しのあなたは遠いところへ?

「ごちそうさま。 ほら、萌南、そんな顔するんじゃないって。」
真紀ちゃんはツンとあたしのほっぺを人差し指で突くと、微笑みながらお弁当箱を片付け始めた。
おわ、あたしまだ全然食べ進んでないのに!
「間違いなくうちの生徒なんだったらさ、そのうち会えるんじゃない?」

その一言に、なんだかすごく救われた気がした。
「真紀ちゃん・・・うん。ありがとう。」
胸の奥がじんわり温かいような、そんな感謝の念を言葉にして。
「んーん。手掛かりも無いのに悩んでもしょうがないし、萌南がそんな顔してたら、こっちまで萎えそうだから。」
「さすが真紀ちゃん!あたしの嫁だー!」
「うわっ!汚っ! ちょ、それに、誰がアンタの嫁か!」
ご飯を詰め込んでいた口からナニカをこぼしながら、あたしは机越しに真紀ちゃんを抱き締めようとしたけど、
届くはずもないどころか頭を両手で押さえつけられる。

待ってて、嵐山みひろ(仮)さんっ!
必ず会えるって信じてるから!

頭を押さえつけられたまま、あたしは小さく拳を握りしめた。

 

 

 

 

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