Massive efforts その16


「でさー、中の人が一緒だから、次のアニメ見ても前のキャラの印象が抜けなくてさー・・・」
「あー、解るわー。 でも、その声優使ったのって結局キャラソン出したいからでしょ?」
「そーなんだけど、ねー・・・分かってても敢えて飛び込む! それがファンというものっ!」
真紀ちゃんとの帰り道はやっぱりディープな話題。
クラスメイトには他にアニメとかゲームとか声優とか興味ある子がいないから、そういった話ができる
真紀ちゃんと話していると、つい声にも力が入っちゃう。

「萌南。」
後ろから声が聞こえ、あたしの首が180度回転した・・・ってくらいの勢いでそちらへ振り向く。
「おー!みっひー! 今帰り?」
「ああ。 萌南の声はいつも大きいから、すぐに気付く。」
「え、そーかな? あはは・・・」
あらやだ。そんなに大声で喋ってたかな?
表情がいつも通りだから、本気なのか冗談なのかいまいち判別しづらい。

「あ、そーそー真紀ちゃん。みっひーったらね、こー見えてアゲハちゃん観てるのよー。」
「へぇ、そうなんだ。」
「うんうん。意外でしょ? アゲハちゃんて、一般受けする感じじゃないのにねー。」
素っ気ない返事が返って来ても、あたしの上がりきったテンションは止まることなく話題を続けさせる。

「みっひーはさ、どーしてアゲハちゃん観るようになったの?」
振り返ったあたしの後ろを、みっひーは少し遠慮がちに付いてきている。
「毎日の修行が終わってから、宿題や生活時間を過ごしていると大体いつも深夜になってしまうんだ。
そんな時間にテレビをつけた時、たまたまやっていたので観るようになった。」
「そっかー、じゃ、他の曜日の同じ時間帯のアニメも観てるわけ?」
話題に食いついたあたしの矢継ぎ早な質問にたじろいだのか、みっひーは少し困ったように視線を彷徨わせる。

「いや、他の番組は面白いと感じなかった。 平凡な日常や、逆に突拍子もない内容ばかりで、私には
ついて行けなかったのでな。」
「ふんふん。なるほど。てことは、みっひーはアゲハちゃんの『日常から突如、非日常になっちゃった感』が
良かったって事かー! あたしもアゲハちゃんは・・・」
「ちょっと萌南、王子様引いちゃってるよ?」
あたしが何度も大きく頷いているところへ、真紀ちゃんが気付けとばかりにあたしの肩を叩いた。

「え、あ、ごめん、みっひー。 あたしこーゆー話題になると止まんなくなっちゃってさー。」
笑いながら舌を出す仕草に、みっひーの唇がほんのちょっと、緩んだ。
「いや、構わない。 萌南が楽しそうなのは、良い事だ。」
「みっひー・・・」
「はいはい、分かったから。 そのまま進むと、駅通り過ぎるんだけど。」
ぱんぱんと真紀ちゃんが手を叩いてくれなかったら、地下鉄の入り口を本当にスルーしちゃうところだった。
「おわぁ、マジだ。 ありがとー、真紀ちゃん。」
「すまない。私は寄る所があるからこれで失礼する。 では、またな。」

あたしには手を振り、真紀ちゃんには一礼して、みっひーは来た道を引き返して行った。
あれ・・・ってことは、あたしたちを見つけてわざわざ付いて来てくれたって事?
みっひーの背中に大きく手を振って見送りながら、あたしの脳裏にふとそんな考えが浮かんだ。
「ほーら、萌南がコアな話するから一般の方はついて行けなくなっちゃったんじゃないの?」
何故か誇らしげにそう言って地下鉄の階段へ進んでいく真紀ちゃんを、あたしは小走りで追いかける。
「違うもん! みっひーはそんな子じゃないもん!」
階段を下りながら、真紀ちゃんの背中に抱き付いて抗議する。
「本当に? 言い切れる?」
ぐらりと傾ぎそうになりつつも、真紀ちゃんはあたしの鼻に指を突きつけた。
こちらを首だけで振り返ったその横顔はとても真剣で、少し怒っているようにも感じた。

「言い切れるよ。 信じてるもん。」
人差し指で鼻の頭を持ち上げられながら反論しても、真紀ちゃんは小さく溜息を一つ。
「いい? あの子はね、アニメのキャラじゃないの。 わたしには、あの子の表情が押し殺したような、
寂しいような、悲しいような、そんな表情に見えたんだけど。」
「真紀ちゃん・・・?」
あたしが抱き付いた腕を離すと鼻も解放されて、一段ずつ、また置いて行かれてしまいそうになる。

「相手を信じる素直な所は萌南の良い所だよ。でも、イメージとか理想を押し付けて付き合ったら、
またあの時みたいになる。」
先に改札フロアに降り立った真紀ちゃんが、くるりとまだ上にいるあたしを見上げた。
「そんな・・・そんな事ないもん!みっひーは嘘なんてつかないし・・・」
「萌南!」

あたしが彼氏と付き合ってた頃。
何があっても全部、真紀ちゃんに話してきた。
きっとその時も、真紀ちゃんは気付いてたんだ。
「わたしはね、もう萌南のあんな顔見たくないから、だから、言ってるんだよ?」
擦れ違う人が邪魔そうな顔であたしたちを一瞥して通り過ぎていく。
「だからって、みっひーを疑えってゆーの?」
あたしが怒られているというよりも、みっひーを疑われた事に、さすがに怒りが込み上げてくる。

「そうじゃなくて・・・知り合ってまだ1か月なんでしょ? あの子、萌南みたいに人付き合い上手そうな感じじゃ
ないし、萌南に見えてないなら、わたしが教えてあげなきゃって。」
「真紀ちゃん・・・」
そっか。真紀ちゃんは、心配してくれてるんだ。
いつも、あたしを。
そしてあたしは気が付いた。
真紀ちゃんについて歩いていたせいで、階段からいつの間にか他人の邪魔にならない隅っこに来ていたことと、
真剣に言い合っているあたしたちを、通行人が目を合わせないようにちらりと見ていく事に。

「ごめん、萌南。何も知らないわたしがでしゃばったりして、でも・・・」
「ううん。ありがと。 あたし、いっつも前しか見えてないんだね。」
「萌南・・・そうだよ。まったく!」
ビチンと音を立てて、真紀ちゃんのデコピンがあたしの額で弾ける。

その一発と笑顔が、あたしを励ましてくれた。
「痛っ! ・・・へへっ、ありがと。」
「どういたしまして。 わたしは、アンタの・・・嫁ですから!」
「真紀ちゃん! もう・・・」
真紀ちゃんから貰った笑顔を装備して、あたしは意気揚々と改札に向かう。
ありがとう、真紀ちゃん。

 

 

 

「・・・彼女にはなれなかったけどね。」
真紀ちゃんは、あたしの耳に届かないようにと、その一言を雑踏に埋めてしまってから、改札を抜けた
あたしを追いかけてきた。

 

 

 

 

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