Massive efforts その15


「真紀ちゃーん。はよー。」
昨夜止んだ雨は今朝も降ることなく、今のところはお天気マーク。
「はよー。」
野菜ジュースのパックに刺さったストローを吸う真紀ちゃんが一瞬だけあたしを見上げて、すぐにケータイへと
視線を戻して忙しなく親指を動かす。

「真紀ちゃん、あのね、昨日ね。」
後ろ向きに椅子に座り、ピンクのケータイ越しに真紀ちゃんの顔を覗き込む。
「んー? どしたー?」
あたしの視線を遮るようにケータイを割り込ませようとするから、思わずそれを手で押さえてしまい、ぎゅうっと
眉を歪められてしまった。
「昨日の夕方さ、傘持って来といて良かったのよ。 だってね、みっひーと一緒に帰ったんだけど、」
いきなり話を端折っているため、真紀ちゃんは何とかついてこようと必死に頭を回転させているけど、あたしは
そんな事に気付くはずもない。
ずっとそうだから。

「二人ともぐちょぐちょに濡れちゃったから、うちで一緒に寝たのー。」
「ぶっっっ! けほっ、こほっ・・・けっほ・・・」
あたしがそう言うなり、真紀ちゃんの口から薄緑の液体がぶばっと机にまき散らされた。
机の上で組んでいたあたしの腕も巻き込んで。
「うわぁっ!ちょっ!汚いってばー!」
「こっほ、アンタ、なに、こほっ、バカなコト、やって、けっほ、んのよ。」
咽ながら喋るほど、伝えたいのだろう。
背中を撫でてあげたいけど、ジュースまみれでぽっぴっぽーなあたしの手では迷惑になりそうなので諦めた。

「え、別に、乾かさないと・・・」
「失礼する。」
説明しようとしたその時、ドアの方から凛とした声が飛び込んできて、あたしの顔が大きくそちらに反応する。
「みっひー!」
必要以上の大声で呼び、汁を滴らせながら大きく手を振る。
「萌南。 昨日借りた服だが、昨夜のうちに洗濯して乾燥させたので持って来た。」
紫の風呂敷で丁寧に包まれたそれを、この手のまま受け取れないと気付き、慌てて出した手を引っ込める。

「ありがと。急がなくても良かったのに。 てゆーか、みっひーがずっと持っててもいいよ? そしたら、
今度はあたしがみっひーの服貰うから。」
あたしの提案に、二人ともが同時に首をひねる。
「よく解らない理屈だが・・・気遣いは無用だ。 助かった。ありがとう、萌南。」
「ぜんぜんおっけー。 あー、今ちょっと汚れてるから、ここ置いといて。」
微笑みながら指差したあたしの机に包みを置いたみっひーは、ドアのところでペコリと一礼して去って行った。

「ふーん。今のがハクバノオウジLV80?」
何がレベル80なのか知らないけど、ちょっと棘のある言い方をされた気がして真紀ちゃんを振り返る。
「そっか、真紀ちゃんは見たことなかったっけ? カッコいいでしょ?素敵でしょ?」
キラキラ輝くあたしの笑顔とは対照的に、真紀ちゃんの表情が曇った気がした。
「カッコいいから、彼氏の代わり? そーゆーの、良くないと思うけど。」

え・・・?

あたし、そんなつもりじゃないのに。
アイツの事を忘れたいとか、アイツよりもいいとか、あんなのと比較するコトじゃないのに。

「違うの、代わりとかそんなんじゃなくて、みっひーが好きなの。」
素直に吐き出した言葉を真摯に受け止めた真紀ちゃんは、きっと真剣にあたしを心配してくれてるんだと思う。
そうでなければ、そんなに複雑な表情はしないはずだから。
「あ、そ。 まぁ、萌南がそれでいいなら、いいんじゃない?」

良くないって言ったり、いいんじゃないって言ったり、ちょっと真紀ちゃんが分からなくなった。
どうしてそんな顔するの?
女の子を好きだなんて確かにヘンかもだけど、嫌うとか避けるとか、そーゆー表情じゃないよね?

キーンコーンカーンコーン・・・
ホームルームの予鈴で強制的に話が打ち切られ、腕を洗ってくることもできないまま、あたしは正面を向いて
椅子に座り直す。
あーあ。終わったらすぐにトイレにダッシュだなー。

「はぁ・・・散々わたしの事、嫁って言ってたくせに。」
そんな独り言が、着席で椅子を引き摺る音に紛れて、後ろから聞こえた気がした。

 

 

 

 

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