Massive efforts その19


コンコン。
「姉さん。」
ひぃっ! また聞いたことのない声じゃない! 今度は誰!?
身構えたあたしに聞こえたのは厚めの扉を通してやっと聞こえるくらいの低い子供の声。
「穣(みのる)か。」
丁度立ち上がっていたみっひーは、直ちにドアを開ける。

「頂き物、持って来たよ。」
買ってきたどら焼きが2つ乗ったお皿を手に、切り揃えられた前髪の下から眼鏡越しにちらりとこちらを窺う。
「ありがとう、穣。 今、取りに行こうと思っていた所だったんだ。」
「そうだったんだ。 ・・・あ、お土産、わざわざありがとうございます。」
礼儀正しく頭を下げてあたしに礼を言い、彼はみっひーを見上げる。

「姉さん、珍しいね。そんなに『気』を乱して。 友達が来ているのがそんなに嬉しいかい?」
その一言に、みっひーの微かな表情の緩みが消えた・・・気がした。
「あぁ。嬉しいとも。 だが穣、今は余計な事は言わなくて良い。」
僅かに、いつもより低い声で告げてみっひーはドアを閉めようとする。
「はは。はいはい、ごめんなさい。」

子供らしからぬ思わせ振りな笑みを残して、彼は去って行った。
「すまない。気を悪くしないでくれ。」
どら焼きのお皿を私に差し出しながら、みっひーは申し訳なさそうに座布団へ戻ってきた。
「んーん。別に何も。大丈夫だよ?」
あたしの掌よりも大きなどら焼きを受け取り、早速一口頬張る。
ふかふかの生地に挟まれた甘過ぎない粒餡は黒糖の風味を纏っていて、すっきりとした香ばしさが広がる。
「で、みっひーのきょうだいはあと18人くらいいるのかな?」
「いや、そんなにはいない。 兄、空耶と研輔、弟は穣。今ので全員だ。」
美味しさに頬を押さえながら問いかけると、みっひーに真顔で否定されてしまった。
でも、何となくみっひーの喋り方が女の子っぽくない『だ・である調』な理由は判った気がする。

「そっかー。 んー、おいしいねー。このどら焼き。」
「ふふ。萌南がものを食べる顔は本当に幸せそうだ。」
みっひーが浮かべる微笑みこそが、あたしの鼓動を跳ね上げる原因なのに、みっひーにとってもそうなのかな?
だとしたら、嬉しい。

「幸せだよ。 好きな人と一緒に美味しい物が食べられるなんて、最高じゃん。」
満面の笑みで、みっひーに答える。
「ああ。そうだな。」
見つめ合ったまま、視線を逸らせなくなってしまった。
ドキドキと鼓動が高まる中で、あたしはみっひーを抱き締めに行こうと膝立ちになる。
「みっひー。 ・・・好き。」
大きく腕を広げ、正面でどら焼きを両手で持ったまま座っているみっひーに上体ごと倒れ込む。

コンコン
「みひろ。」
「っ! ・・・じじ上様!」
目標が突然立ち上がってしまい、着地点を失ったあたしはバタバタと羽ばたいてそのまま倒れ込むのを必死で
こらえる。
じゃないと、このまま淹れたてのお茶の上に着地しちゃうから!

みっひーが急いでドアを開けた時、あたしは何とか体を捻って何もない場所に着地することが出来て、床が
90度傾いた視界には、白髪頭の一人の老人。
「金剛堂のどら焼きを頂いたそうだが、こちらのお客人からかい?」
お爺さんは人当たりの良さそうな、陽だまりのような笑みを浮かべながらゆっくりとあたしを視界に捉えた。
「はい。 兼ねてよりお話ししておりました霜塚萌南さんです。」
「え、あ・・・す、すみません。お邪魔してますっ!」
こんな姿勢のままいきなり紹介されてしまったので、あたしは慌てて正座し直して頭を下げる。

「ほっほっ。よいよい。 しかし、金剛堂とは、お主なかなか通だの。 ゆるりとしてゆかれよ。」
顎を撫でながら、お爺さんはそれだけ言って去って行った。
折角の良いタイミングでなんなのよぅ!全く!
でも、このどら焼きにここまでご家族に気に入られる力があるとは、みっひーのリクエストに応えて良かった。
だって・・・ご家族への第一印象って大事じゃないっ? 恋人として!

「はぁ・・・ じじ上様を納得させるのは、やはり金剛堂だったか。」
珍しく、大きく胸を撫で下ろすみっひーに、つい噴き出してしまう。
「ふふ。 みっひーのほっとした顔見たの初めてかも。」
「そう・・・か?」
「そーだよ。 もっと、みっひーのいろんな表情が見たい。」
「萌南・・・」
あたしの真っ直ぐな視線を、ちらちらと受け止めるみっひーの頬がほんのちょっとだけ、赤くなった。

 

 

 

 

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