Massive efforts その20


「ん・・・はぁ。 面白かった〜・・・って、おわ! もうこんな時間!?」
大きく伸びをして、あたしはみっひーに貸すつもりで持ってきたアゲハちゃんの原作単行本を閉じた。
みっひーのアルバムを見せてもらって、みっひーの手作りのお昼ご飯をご馳走になって、日曜午後のつまらない
テレビを一緒に見て、貸すつもりで持って来た本を二人で黙々と読んで・・・

あああっぁぁっぁぁぁ!
何やってるんだろう、あたし。
恋人同士なんだから、もっとこう、何か、何かあってもいいじゃない!
なのに、気が付いたらもうこんな時間だなんて・・・

「うむ、いつの間にか時間が過ぎていたようだ。 もう、帰る時間か?」
あたしの発言に気を遣ってくれたのか、いつもの表情と声で、穏やかにみっひーがあたしを窺う。
「う、うん・・・」
「そうか・・・ 萌南といると、時間があっという間に過ぎてしまう。」
え・・・?
なんだ。 みっひーも、あたしとおんなじ気持ちなんだ。
そう思うと、嬉しくてつい頬が緩んでしまう。

「うん。そーだね。 ごめんね、今日はもう帰らなきゃだから、さ・・・」
いくらあたしでも、やっぱりこれをダイレクトに言うのは恥ずかしい。
でも、言わないと、きっと叶わないから。
「お別れのキス・・・しよ?」
「萌南・・・」
暗くなり始めた室内で、隣に正座しているみっひーの手に、そっと自分の手を重ねる。
みっひーの手の甲は、やっぱり、あったかい。

「別れという言葉は、使って欲しくない。 まるで、ずっと、みたいだから・・・」
不意に肩に回された腕が、あたしを抱き寄せる。
やっぱり、みっひーは失いのが怖いんだね。
「ごめん。みっひー・・・ じゃ、さ、またねのキス。」
そっと耳元に囁くと、あたしの頭のすぐ横にあるみっひーの首が、少し縦に動いた。

一瞬だけ見つめ合い、どちらからともなく唇を重ねる。
唇伝いに激しい鼓動が伝わってしまいそうだから、早く離したい。
んーん。 みっひーが愛しいから、離したくない。
そんな思考は頬の熱さと唇の柔らかさ、お互いが腕の中にいる嬉しさに溶けて行く。
ただ抱き合って、あたしたちは言い表せない気持ちを寄せ合った。

 

 

「お邪魔しました。」
「また来て下さいね。」「次、来る時もどら焼きなー。」「お気をつけて。」
わざわざご兄弟総出で玄関まで見送られて、ちょっと複雑な気分。
・・・みっひーの部屋であんなことした直後だからかな、なんだか居た堪れない。
「じゃぁね、また明日。」
「あぁ。学校で。」
みっひーや皆さんに小さく手を振って、あたしは壁伝いに歩き出す。

今日はとっても有意義だったな。
初めてお邪魔したから、あまりいろんな事は出来なかったけど。
今回出来なかったことは次に来た時にすればいいよね。
ほんわか暖かいような、切ないような、嬉しいような気持ちが胸の中で渦を巻いてあたしの表情を崩す。

夕暮れの住宅地で、擦れ違う人がいなくてよかった。
きっと他人に見せられないようなニヤニヤ顔して歩いてたから。
でも、そんな表情を浮かべながら歩けたのは、角を曲がってほんの数十メートルだけだった。

「・・・・・・っ!!」
早足で尾けてくる気配に気付きもしなかったあたしの口元に、背後から押し付けられた布のような物。
そこに染み込んでいた薬品を吸いこみ、抵抗などする暇も無くあたしの意識は闇に閉ざされてしまった。


 

 

 

 

その19へ     その21へ