Never open doors   その1


9月 1日  晴れ   12:13

「あたし知らなかったんだけどさ、うちの高校って、なんで夏休みちょっとだけ長いの?」
わたしの向かいで、咥えていたアップルジュースのストローを放したクイーンは、午後のファミレスの空気に
合わせたアンニュイな喋り方。
「長いの?」
夏休み明けの学校新聞に書くネタをレポート形式にまとめる為、タブレットをシャープペンに持ち替えながら
わたしは相槌を打つ。

「あたしが東京にいた時はどこも9月1日スタートだったんだけどさ、地域差ってやつかな?」
小さく鼻で笑って、シャンパンゴールドのサイドテールの先端を指でくるくるといじる爪がキラキラしてる。
「どうだろ。隣の市の友達は今日から学校って言ってたけど。」
視線をクイーンから手元に戻し、シャープペンをかちりと一度ノックする。

「へー。 ま、あたしは休みが長い分には嬉しいからいいけど。」
ん〜〜っと背伸びをして、クイーンはドリンクバーのお替りをする為に席を立つ。
短すぎるスカートの後ろ姿につい目が行ってしまうのは、わたしだけだろうか。

 

N県T市 ----
県の中心市街から山間へ向かうバスで40分程のこの町で、彼女はとても浮いている。
一目見れば、この町の誰もがそう思うはず。
事実、今年の春に転校してきた彼女を見たクラスのすべての生徒がそう思ったに違いない。
・・・無論、そこにはわたしも含まれている。

細いのにしっかりと健康的な体つきはダンスが得意だからだそうで、東京ではちょっと名が知れてたらしい。
でも、お父さんがキリスト教会の牧師さんでこの町に転勤になったから、家族全員で引っ越して来たんだとか。
しかしそれよりも、彼女を最も『異』な存在にしているのは、その風貌だろう。
金髪のサイドテールに、日本人離れした整った顔立ち。
原因はお母さんがドイツ人で、クイーンがハーフだからと、それを教えてくれたのは5月になってからだった。

それに今の服装だってそうだ。
袖の無いシャツの胸元は開放的で、谷間に光る銀のロザリオが教会の娘には有るまじき背徳感を感じさせるし、
赤黒チェックのプリーツスカートだって膝上10・・・いや、もっと高い位置に裾がある。
この町でそんな服を扱っている場所などある訳がないし、県の中心街でも珍しいはずだ。

そんな彼女に出会った瞬間、わたしのアンテナがビビビッと反応したのは言うまでもない。
彼女が転入してきたその日のうちに、わたしは取材を申し込んでいた。
「はぁ? あたしみたいのが珍しい訳? それで晒し者にしたいって事?」
鼻で笑いながら、美しい顔立ちが壁を作ろうとしていた。
好奇と羨望、畏怖と嫉妬。
一日中そんな空気に包まれていたら、私の提案だってそうとしか受け取って貰えないのは当然の流れだった。

「違うの、そうじゃなくて・・・今日、久院さんを見てたら、皆おっかなびっくりしてたみたいに見えたから、
少しでも皆に久院さんの事を知ってもらって仲良くなってくれたらなって・・・」
デジカメ片手のあたしが慌てて弁明をしても、彼女がガムを噛む動作は、止まらない。
「そーゆーの、おせっかいだって知ってる?」
切れ長の瞳から放たれる冷たい空気は、どうしてか、普通よりも深くわたしの心を斬りつけてくる気がする。
「そんな言い方・・・でも、そう、かな。 ごめんね。」
一瞬反論しようとしたけど、彼女の言う事ももっともだ。
独善では世間のマスゴミとなんら変わらないし、わたしが目指すところはそうじゃない。

わたし自身はどう思われてもいいとか、皆が仲良くなんて、そんなのは建前だと最初から気付いていた。
「あたしは、そんなの慣れっこだからさ。 どこに行っても、やりたいようにする。 それだけ。」
ぷぅっと顔の前に小さな球体が浮かんで、ぱちんと弾けた。
つやつやの唇が描く円の黒い中心に、舌に絡め取られた白い薄膜が吸い込まれて行く。
「・・・・・・」
わたしは何も言えず、立ち去ろうとする彼女が横をすれ違っても見る事が出来なかった。

「・・・あんた、名前、なんだっけ。」
わたしの一歩後ろから、止まった足音の代わりに声が聞こえた。
「かるて・・・軽手 湖那(こな)。 私立 三須加高等学校 新聞部の、軽手よ。」
どうして、必死に、一息で、そこまで名乗ったのかは、その時のわたしには分からなかった。
ただ、ドキドキしてた事だけは、しっかり、覚えている。
「へぇ、湖那、か。 変わった名前だね。湖那。」
肩に手を置かれ、耳元で名前を囁かれて、わたしの鼓動が激しさを増していく。
甘いような都会の匂いが、ふわりとわたしの鼻を徒にくすぐった。
彼女がどんな表情でいるのか、ファインダー越しなら見れただろうか。
「久院、さん・・・」
やっと声が出て振り返った時には、彼女の手は離れていて、瞳に宿っていた冷たさは微塵も残っていなかった。
「・・・クイーン。 東京では皆にそう呼ばれてた。 清良って、名前で呼ばれるのは好きじゃないの。」

 

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「・・・湖那? どしたの?ボーっとして。」
「え、あ、う、ううん、何でも。」
いつの間にか席に戻って来ていたクイーンが、ピンク色の液体が入ったグラスをストローで掻き混ぜていた。
「・・・何それ?」
「これ? グァバジュース。 健康と美容に良いんだって。」
「ふぅ〜ん。」
わたしから見れば、健康も美しさもそれ以上必要ない気がするけど。

「それよりさ、クイーン、手ぇ動かしてよ。 宿題写し終らないと帰れないんでしょ?」
「やるやる。 大丈夫。 ねぇ、ホットアップルパイ食べない? あたし半分でいいんだけど。」
わたしといる時だけは、クールな彼女はどこへやら。
「わたしがクイーンと同じ量食べたら、てきめんに太るじゃない。」
ダンスで燃焼できるあんたはいいでしょーけどねー。
「じゃ、2/3食べる。」
「大して変わんないじゃない。 それより手!手を動かしてよ。」
「わかってるよー。 あ、すいませーん。ホットアップルパイとクレームブリュレー!」
「増えてるっ!!」
呼び止めた店員さんに少し高い声で注文するクイーンの横顔はとても生き生きとしてて、わたしには止める
事なんか出来はしなかった。




 

 

 

 

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