Never open doors   その2


9月 1日  晴れ   15:27

「ふぃ〜・・・やっと終わったー!!」
バタンと床に仰向けに倒れて、路美花ちゃんは大きく息を吐いた。
「お疲れ様。 来年こそは自力でやってくれるって信じてるからね、ロミオ。」
先程まで付きっ切りで勉強を教えていた潤里ちゃんが、優しげな微笑みを浮かべながら路美花ちゃんを労う。
「えー。ジュリに教えてもらった方が速いもん。 教え方もうまいしさぁ。」
「そんな事、無いよ。 理解できるって事は、ロミオの頭が悪い訳じゃないって事だから。」
「んなら学校の授業も、いっそ全部ジュリに教えて貰おっかなー。」
日焼けした大きな体で天井を見つめながら、路美花ちゃんは大きな欠伸を一つ。
「それだと、わたくしの時間が無くなっちゃうじゃない。」
「いーじゃーん。僕と一緒じゃ嫌?」
「そ・・・! そ、そういう問題じゃ・・・」

「二人とも、イチャイチャしたいなら帰って。」
ティーカップを両手で口元に構えながら、堪らず口を開いた私の言葉に二人ともが私を見つめる。
「あー、優緒。 夏休みの宿題、終わったよ?」
運動だけなら大得意の脳みそ筋肉娘が、ベリーショートの頭を掻きながら腹筋だけで起き上がって笑う。
「うん、聞こえてた。」
軽い苛立ちをティーカップにぶち込んで、私はその中の紅茶を一口啜る。

「ゆ、優緒さん! イチャイチャだなんて、してない、ったら・・・」
その割には、そう評価されて少し顔を赤らめているのはどちら様か。
「自覚が無いのが潤里ちゃんらしいところだけど。」
軽い苛立ちをティーカップに追加で一つぶち込んで、私はその中の紅茶を一口啜る。

「昔から思ってたんだけど・・・3人で集まるとどうしてうちなの?」
同じ町で生まれ育ち、小学校からずっと友達。そんな二人に、ふと私は聞いてみる。
「ん? 居心地がいいんだよー。なんてゆーか、優緒のゆったりした空気感、みたいな?」
「というよりは、ロミオの家とわたくしの家では、きっと落ち着かないでしょう?」
路美花ちゃんちは、4人きょうだいに祖父母の大家族で、お店までやってるから到底落ち着けそうにない。
一方、潤里ちゃんちは地主の医者で、来客もひっきりなし。路美花ちゃんちとは違う意味で落ち着かない。
「ん・・・ そう、ね。 納得した。」
一般家庭の私は長年の疑問から解放されて、イライラ入り紅茶をテーブルの皿の上に戻した。
「やったね。じゃぁ、明日も暇だし、ジュリとまた優緒んち遊びに来よーねー。」
・・・勘違いしないで。 ここは集会所じゃないのよ。

チャラリラリンロン♪
手元に置いてあるケータイがメールの着信を告げたので、私は画面を確認する。
差出人は湖那で、タイトルは『なう』。
文章には『優緒んちの前なんだけど、ちょっと出て来てくれる?』とだけあったので、立ち上がり窓の外を
見てみると、窓際に姿を現した私を見てこちらに大きく手を振る人がいた。

「ろひたの?」
突然の私の行動に、路美花ちゃんが何かを頬張ったまま声を上げた。
「湖那が来てる。 ちょっと御免。」
「軽手さん? どうしたのかしら?」
「あ、僕も僕も〜。」
結局、どたどたと全員で玄関へと階段を下りる事になった。

「よっす、優緒・・・ って、おや、皆お集まりで。 お楽しみ中だったかな?」
「湖那。 言い方が面倒くさい。」
慣れたと言えば慣れたけど、この一つ年上の幼馴染の最近の言い回しが、私のイライラゲージを上昇させる
一因として学会で注目せざるを得ない。
「湖那さん、久しぶり〜。」
私の後ろで手でも振りながらだろうか、間延びした路美花ちゃんの声。
「おぉ、ロミオちゃん。 日焼けで男っぷりが上がってるねぇ。 どぉ、彼女でも出来た?」
「か、軽手さん! 彼女なんて、ロミオに彼女なんて出来る訳ないじゃないですか!」
・・・。
「なんで潤里ちゃんが必死なのよ。」

「まぁまぁ、それはさておき、みんな揃ってるならちょうどいいや。」
さておかないでよ。湖那が振った話題でしょう。
「実はちょっとばかり、ひと夏のお楽しみ企画ってやつを・・・」
「・・・断る。」
媚びた物言いをする時の湖那の恐ろしさを、私は良く知っている。
「まぁまぁ、優緒さん。 話くらいは聞いてあげても・・・」
「ダメ。 嫌な予感しかしないから。」
潤里ちゃん、あなたは知らないからそんな事が言えるのね。

「うぅ、ひどい・・・ 頼れるのはここにいる3人だけだと思って、藁にもすがる思いで来たのに・・・」
わざとらしく目元を押さえて声を震わせる湖那の挙動に、思わず溜息が零れる。
嘘仰い。 最初は『3人いる』ことを知らなかったくせに。
「優緒、いいじゃん、聞くだけ聞いてみれば、ね。」
「路美花ちゃん・・・」
なんでこんなに湖那の肩を持つのかよく分からないけど、二人がそう言うならという事で話すのを許可する。

「さっすが、話が分かるねぇ! 実は、夏休み明けに発行する学校新聞の事で相談なんだけどね。」
出た。
湖那の所属する新聞部が不定期発行している学校新聞。
部員は湖那一人なのに『学校には必要だろ、新聞部』的な理由で同好会格下げどころか廃部を免れているという
悪名高い活動が、湖那の行動原理に組み込まれているのは実に厄介だ。

「『学校の七不思議』、ちょっと気になるからさ。 みんなで夏休みの内に学校に忍び込もうと思ってさ。」

「え・・・?」 「え・・・?」 「行く。」

最初の二つの声は、私の後ろから聞こえて来たもの。
「お、優緒ならそう言ってくれると思ってたよ〜。 このぉ、好き者めぇ〜。」
「湖那。 言い方が面倒くさい。」
本日2度目の警告。 もう後がないわよ。
でも、オカルトと聞いて私が黙っていられよう筈がない。
例え『なぁ〜んだ』とがっかりする結末だと解っていても、それは私が求めてやまない乙女のロマン!

「えと、僕は・・・ 危険な事はしたくないなぁ。学校に忍び込むなんてさ。」
「そ、そうよね、ロミオ。 湖那さん、建造物侵入は犯罪ですよ。 ね。」
慌てたように取り繕う後ろの二人には、このトキメキは理解できないのでしょう。
「大丈夫! ちゃんと調べたんだけど、明日だけは学校には誰もいないはずだから。」
「う・・・」
ほらほら、断る理由が無くなっていく。うふふ。

「あ、明日はほら、用事があるの。」
「そうね。 私の家に遊びに来るって用事だったよね。」
「あ・・・」 「え、えーっと・・・」
『聞くだけ聞く』という選択をした二人には、聞いた責任を取ってもらうべきだと思うの。

「決まりね、湖那。 この二人も行くって事でいい?」
「もちのろん。 じゃ、明日の14時ごろ迎えに来るね。」
「素敵な肝試しになりそうね、楽しみにしてる。」
滅多に見せない笑顔を浮かべながら、私は去り行く湖那に手を振り続ける。
「その気にさせたのは二人だからね。 責任、取ってね。」
「あう・・・」「優緒さん・・・はぁい。」




 

 

 

 

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