Never open doors   その16


9月 2日  凶雲   17:01

side 潤里   place 2F→3F 廊下→???

 

助けて、助けて、助けて。

校門の所にバケモノがいて、先生がパクッて食べられちゃった。
次はきっと、わたくし達の番。
いや、わたくしかも知れないし、湖那さんや優緒さんかも知れないし、久院さんかも知れない。

一瞬にしてそんな考えで頭が満たされたわたくしの脚は、勝手に走り出していた。
どこへ向かっているのか、自分でも分からなかった。
ただ、校門から一番遠いところへ。
その一心で、わたくしは何も考えず校内をひた走る。
階段を上り、周囲も目に入らないまま廊下の一番奥へ。

辿り着いた先がどの教室なのか、気にもできなかった。
ただ襲い来る感情に流されるまま脚を動かし、正面に見える教室のドアを乱暴に開けて飛び込む。
呼吸を乱して荒い息をつきながら、三人掛けの机の下に身を隠して蹲る。

考えたくも無いのに、あの化け物の邪悪な姿が何度も脳裏を過ってわたくしを苛む。
悲しくも無いのに涙が溢れ出し、ぱたぱたと床に落ちて行く。
手だけでなく、全身があの姿を拒否して震えている。

それでも、徐々にわたくしはわたくしを取り戻し、全力疾走したあとの呼吸が整う頃には、なんとか分別を
弁えられるくらいに落ち着くことが出来た。
いったい時間がどれくらい経ってしまったのか、机の下では見当もつかなかった。

静寂と薄暗がりだけが、今のわたくしの周囲にはあった。
視界は床の茶色いタイルと、そこに落ちている灰色の埃だけ。
一人で走って来ちゃったし、早く皆の所に戻りたい。
ロミオの所に戻りたい。

わたくしの心情を慰めるかのように、聞き覚えのある曲がどこからともなく聞こえてきた。
不安を孕んだ、美しき調べ。
流れるような鍵盤捌きの見事さは、有名ピアニストのCDでも流れているのではないかと思えたけど、
生み出される音が空気を震わせるこの感じは、生の演奏であるということを肌に伝えてくる。

ショパンの、幻想即興曲。

これは・・・
いったいどこから? 誰が弾いているの?
そんな疑問が首をもたげた時、同じくわたくし自身も机の陰から頭を出していた。----------

 

 

 

>side 路美花/優緒   place 2F廊下→南階段→3F廊下

 

湖那さんが引き留めるから少し出遅れたけど、僕は潤里を追って優緒と共に廊下へ飛び出した。
左右を一度ずつ見ると左側に影が走ったような気がしたので、僕は全力でそちらへ駆け出す。
潤里はそんなに足が速い訳じゃないから、必ず追いつけるはず。
1年の教室の前を通り過ぎ、南階段を1段飛ばしで駆け上がる。

「ろ、路美花ちゃん、待って!」
後ろから優緒の声が聞こえたけど、構ってはいられなかった。
何ともない優緒よりも、取り乱した潤里を捕まえる方が先だと思ったから。

階段を上っている時、微かに何かが飛び回る様な音が聞こえてきた気がしたけど、今はそんなことなんか
気にしていられない。
一気に駆け上り、視聴覚室の前に辿り着く。
どういう訳かさっき写真を撮りに来た時より薄暗い感じがする廊下の向こうで、どこかの扉が閉まる音がした。
そして、さっきのバサバサという羽音の様なものの正体を、僕は見てしまった。

学校に来る途中で優緒が言っていた怪談の内容の通り、3Fの廊下には、蝙蝠の羽を持ったものが飛んでいた。
でもそれは『蝙蝠の羽を持っている』というだけで、蝙蝠とは似ても似つかない姿形をしている。

人間の頭蓋骨---------
それに蝙蝠の羽っぽいのが付いて飛び回っている。 それも3匹? 3個? 3体? ・・・だ。
どこからどう見ても、今目の前に広がっている光景はそうとしか説明できない。
「なに、あれ・・・」
思わず零れた言葉が聞こえたのかは分からないけど、そのうちの1匹がこちらに向きを変えた。

目玉の無い目の奥は真っ暗な闇。
カツカツと顎を打ち合わせながら、それらは僕を目指して飛び掛かって来た。
これは夢でも何でもない、紛れも無く、起こっている事実。
分かっていても、信じられない事態。

それでも僕は、
潤里を捕まえに行く。僕が、行かないといけないんだ。

そう自分を奮い立たせ、ギュッと拳を握りしめる。
握りこんだ指先が、少し冷たい。
ふぅと呼吸を整え、髑髏に向かって空手の構えを取る。

人の背丈と同じくらいの高さを飛んでくるそれに向けて、僕は渾身の上段蹴りを放つ。
しかしそれは、相手のスピードを把握しきれていなかった為か、狙いが定まらず空を切る。
髑髏達にとってもそれは同様だったようで、突然現れた僕に向かってきたものの様子を見ただけで廊下と天井
ギリギリを大きく旋回して戻っていくと、態勢と高度を整え再び飛び込んで来た。

次は、外さない。
そんな一念を乗せた右足は、先頭を飛んで来た髑髏を、真芯で捕えた。
靴底に壺を蹴ったような鈍い衝撃が走り、それは木っ端微塵に砕け散った。

こいつらにも『動揺する』などという事があるのだろうか。
1体が倒されたのを把握すると、距離を取らず僕を挟むようにホバリングで機会を覗い始めた。
そして、タイミングの悪い事に--------

「路美花ちゃん、待っ・・・て・・・?」
階段を上りきった優緒が僕に向かって叫ぼうとした声は、この状況を見て尻すぼみになってしまった。
「優緒! 来ちゃダメ!」
「な、何よ、それ・・・」
優緒の声は驚いてはいたものの、僕と違って特に怖がっている様子は無い。

髑髏たちが優緒の到着に気を取られた隙を、僕は見逃さなかった。
手近にいた1体に上段回し蹴りを叩き込むと、それは廊下の壁に叩きつけられて1体目同様粉々に砕け散った。
よし、あと1体。 勝てる。

勝利を確信して高揚し、僕は最後の1体に向き直った。
だが、最後に残った1体が飛び掛かったのは、

僕ではなく、立ち尽くしている優緒だった。

「優緒!」


 

 

 

 

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