Never open doors   その18


9月 2日  凶雲   17:04

side 湖那/清良   place 校庭

 

昇降口の内鍵を開け、わたし達は飛び出した。

「先生! 守口先生!?」
辿り着いた校庭の真ん中にはボロボロになった守口先生が倒れていた。
倒れたまま微動だにしないということは、相当な怪我をしているに違いない。

駆け寄っても大丈夫だろうか。
一瞬、そんな考えが脳裡を過った。

校門の方から感じる、強烈な威圧感。
それをちらりと視界の端に捉えた事を後悔し、大きく何度も頭を振る。
救いを求めるように隣にいるクイーンを見ると、彼女は小さく、でも、私を支えるように強く頷いてくれた。

うん。
止まった足が、再び一歩校庭を踏み出すことが出来た。

小走りで先生に駆け寄るも、例の怪物が動く気配は無かった。
もっとも、動く気配を感じた時にわたし達がどうなっているかは考えたくも無いけど。

「先生! 大丈夫です・・・か?」
守口先生の惨状は、駆け寄りながら掛けた言葉の語尾の勢いを失わせるに充分だった。
吐き飛ばされて砂地の地面を転がったせいで服は大きく破けていて、至る所から出血している。
普段は白黒な頭も赤黒く染まり、左腕が曲がってはいけない方向に曲がっている。

まさか・・・

「湖那、触っちゃダメ。 まだ、大丈夫だから。」
クイーンが先生を覗き込もうとしたわたしを制した。
「クイーン?」
「あたし、父さんの教会がボーイスカウトに協力してるから、少しだけどこういうの、出来るの。」
先生のベルトを緩め、裂けたワイシャツのボタンを外すクイーンから意外な言葉が出てきた。

「保健室に運ぼう。 ここじゃ、何もできないし、それに・・・」
クイーンが言いよどむ言葉の先を読み、あたしはまた校門の方を盗み見る。
化け物の視線を感じるのは、事実なのか、あたしの思い過ごしなのか。
「でも、どうやって・・・」
先生ほどの体格の人を、数十メートル離れた保健室まで運べる訳がない。
確かにこのままにはしておけないけど、出来るとは思えない。

「保健室に担架が無いかな。 無ければ、用務員室か食堂の厨房に台車があると思うんだけど。」
立ち上がって校舎の方を見遣るクイーンの背中が、とても頼もしく感じた。
彼女には、まだまだわたしの知らないものが沢山ある。
クイーンがわたしを支えてくれるように、わたしも彼女の役に立ちたい。

「探そう。 あ、でも・・・ 鍵、開いてるかな? わたしは教室の鍵しか持ってないし・・・」
「じゃぁ、湖那は保健室が開くか調べて。 あたしは用務員室と食堂見てくるから。」
「あ。 う、うん・・・」
全力で駆け出したクイーンを追うように、わたしも立ち上がり元来た方へ引き返す。

クイーン・・・
こんな状況だというのに、クイーンは気丈だ。
わたしも・・・ 冷静でいないと。

少し下がった眼鏡の位置を人差し指で戻し、わたしは小走りでクイーンの後を追う。

 

 

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どういう訳か保健室は開いていたものの、担架の場所が分からずクイーンが探し出してきた台車で守口先生を
なるべく揺らさないよう運んでベッドの上に担ぎ上げ、今ようやく一息つく事が出来た。
呼吸はしているものの意識は無く、取り戻したらそれはそれで全身の怪我の激痛で苦しむ事になるだろうと
容易に想像できるほど、先生の状態はひどい。

「救急車を呼ばないと。」
一大事をやり遂げたことで少し落ち着いた筈のわたしの提案を、クイーンは首を振って却下した。
「スマホが通じなくなってる。」
クイーンはそう言ってウェストポーチにスマホをしまうと、養護の机に置かれたビジネスホンの受話器を耳に
あて何度かボタンを押したのち、溜息をついてそれを置いてしまった。
「ダメだ。 外線が通じない。」

「そんな・・・」
誰かが電話線を切ったりしたのだろうか。
B級のホラー映画じゃあるまいし、ベタすぎる。

でも、これは現実。
また思考が現実逃避しそうになるのを、慌てて打ち消す。

かといって、このままずっと先生を見守っている訳にもいかない。
どうしたものかと思考が閉塞した瞬間、閃きはやって来た。


 

 

 

 

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