Never open doors   その19


9月 2日  凶雲   17:12

side 湖那/清良   place 保健室

 

湖那が突然、ベッドに横たわった先生のズボンのポケットに手を突っ込んだ。
ほんの少し探ってやっぱりと呟き、取り出したのは、鍵が二つ・・・?
「ちょっと、湖那・・・」
先生が気を失っているのをいい事に、何か善からぬ事を考えているのではと思い呼びかける。

「先生が配電盤をいじって電気をつけたなら、職員室に入ったわけでしょ? なら、持ってると思ったの。」
真剣な表情の湖那は、意識の無い先生にお借りしますと声を掛けて大小二つの鍵をキュロットのポケットに
仕舞い込んだ。
それは湖那の言った職員室の鍵と、もう一つは恐らく校門の鍵だろう。
「そうじゃなくて、何するつもり?」
友達の良心を疑う訳じゃないけど、真意を知りたかった。
鍵を盗ってまですべきことが、あるのかと。

「先生は多分、学校がこうなる事を知ってたんじゃないかな。 だから、何か手掛かりがあるかもしれない。」
湖那の推理にあたしの思い当たる節を重ねると、確かにそう考えられなくもない。
それどころか、連鎖的に今までの先生の挙動の不自然さにも合点が行く。
「それで、生徒が学校に近づかないように見張ってた、って事?」
「そう考えれば、校舎裏で優緒ちゃんが見つかった時に掛けられた言葉も、納得できるの。」
先生のベッドを挟んで向かいに座る湖那が、顎に手を当てて考え始める。

「そっか。 いくら先生でも、あの化け物には勝てなかったわけだしね。」
化け物が来ることが分かっていたのなら、頼むから入らないでくれと言った事も理解できる。
「まぁね。 でも、そうなってくるとおかしな事があるんだよね。」
ゴロゴロと、黒い空が唸り声を漏らす。

「図書委員、だね。」
あたしの閃きが、ぽつりと口から零れ落ちた。
「うん。 岩佐さんは教室でわたしが質問した時『先生に鍵を開けてもらった』って言ったよね。」
つい先程の出来事なのに、もうずいぶん前に起こった事のように感じる。
何事も起きていなかった、最後の、あの時間を。

「図書委員に学校に入ってもらわないといけない理由があったから、開けたって事だよね。わたし達と違って、
今日追い返されない理由が。」
もし、湖那の推測が当たっているなら、そしてあの二人が嘘をついていないなら、行動の目的は一つだけ。

「留学の話?」
「うーん、それはあの二人が『学校に来る理由』だけど、先生が『二人に来て欲しい理由』じゃないような
気がするんだよね。」
湖那の言いたい事が、分からなくなってきた。
それが表情に出てしまったのか、湖那が気遣うようにあたしを覗き込む。

「ごめんね、クイーン。 わたしにもまだ分からない事だらけでさ。」
申し訳なさそうに謝る湖那に、あたしはんーんと首を振る。
実際、湖那の方があたしより事態を冷静に判断しているし、情報整理も上手だ。
新聞部という活動柄なんだろうけど、こういう時は頼もしい。

「だから、ここは直接本人達に聞いてみた方が早いと思うし、その後でいいから先生の机を調べたいかな。」
いつもの明るい表情で、湖那は椅子から立ち上がった。
真実を追い求めると言ったら大袈裟だけど、そんな輝きが湖那からは感じられた。

「そだね。湖那がそう思うなら、あたしは付き合うよ。」
つられてあたしの表情もほぐれていたのだろう。
湖那がにこやかに頷いた。

「岩佐さんは進路指導室って言ってたよね。 先にそっちに行こう、クイーン。」
躊躇なく歩き出した湖那を追う為、あたしも立ち上がる。
ちらりと視線を送った守口先生は、まだ目覚める気配を微塵も感じさせない。
心配だけど・・・ 今は湖那と真相を追い求めたい。

 

 

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保健室を出て左へ少し。
先程まで先生を待つために立っていた職員室の扉の前を通り過ぎてすぐに、進路指導室はある。
ドアには小窓も無く、白い扉に無機質な『進路指導室』というプレートが付いているだけだ。
湖那はノックをする前にピタリとドアに耳を付けて中の様子を覗う。

しんと静まり返った廊下を、湖那の行為のうしろめたさで何とはなしに確認してしまう。
もちろん、廊下には誰もいない。

しばらくして湖那は首を横に振り、扉を2回、ノックした。
そして何も言わず、ドアノブに手を掛ける。

ガコッ!

ドアノブは湖那の手によって押し下げられることはなく、鈍い音を立ててそれを拒んだ。
鍵が掛かっているとはどういう事だろう。
内側から鍵を掛けて話し合っているのだろうか。

「たぶん、中には誰もいないよ。」
周囲をキョロキョロしてから、湖那は確信を得たようにそう言った。
「じゃぁ、あの二人はどこ行ったのかな?」
あの二人に嘘をつかれたのかと思ったら、少し心が毛羽立った。

「んー、わかんない。 じゃぁ、次は職員室だね。」
湖那はポケットから小さな鍵を取り出して、指先でくるりと回した。
職員室の鍵。

「守口先生が、何か残しててくれるといいんだけど。」
そう言いながら湖那は小走りで職員室へ向かい、かちゃりとドアを開けて中へ入って行った。
あたしが制止する暇なんて無かった。

制止、できればよかったのに。

そう思ったのは、湖那の悲鳴が聞こえてからだった。

「きゃああ!」


 

 

 

 

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