Never open doors   その25


9月 2日  凶雲   18:09

 place 図書室前

 

「人がその友のためにいのちを捨てるという、
これよりも大きな愛はだれも持っていません。」
                      〜(ヨハネ15:13)

「おとうさん、これってどーゆーいみ?」
夕日が差し込む教会の礼拝堂で、小学校に上がったばかりのあたしは父の顔を見上げてそう尋ねた。
「おともだちのために、しなないといけないの?」
立て続けの質問にも、当時の父は穏やかな笑みを湛えたまま、差し込む陽光のように優しく語りだす。

「お友達は、大切にしなさいという意味だよ。 清良のお友達が、そのまたお友達を大切にしたら、
みんながみんなを大切にできる、素敵な世界になるからね。」
「ふ〜ん・・・」

その時はまだ、言葉の規模が大きすぎてイマイチよく分からなかった。
やがて、世の中にそんな人間なんかいないんだと、思うようになった。
大切にしてくれる人間も、
大切にするべき人間も、

どこにもいないんだって・・・

 

 

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腰に、重い衝撃と、耐え難いほどの鋭い痛みが走る。
「ああぁっ!」
「クイーンさん!」
あたしが咄嗟に押し退けた江曽が、悲鳴に近い声量で名前を呼んだ。

大地を踏みしめる為に存在するとは思えないほど長く鋭い爪が、あたしの右腰部を切り裂いたのだ。
痛くないはずがない。
ぶつけたとか転んだとか、そんなレベルの痛さじゃない。
でも、あたしは江曽を庇う事を躊躇しなかった。

痛みをこらえる為に両手で傷を押さえながら、右足を引きずりつつ後ろに下がる。
「クイーンさん! ・・・っ、くそっ!」
怒りを露わにする江曽が放った左脚での回し蹴りは、人体模型の脇腹を的確に捉えた。
ボゴンと重量感のある空洞音がして、人体模型は内容物を撒き散らしながら昇降口まで蹴り飛ばされたのち
微動だにしなくなった。

校長犬はその後何度か江曽へ飛び掛かるも、華麗に立ち回る江曽の動きに翻弄され一度も傷を負わせられず、
後からやって来た3人に暗幕をかぶせられ、そのまま取り押さえられた。

 

 

力のある江曽によって近くにあった男子トイレに放り込まれ、内開きの扉が開けられない哀れな校長犬は、
何度か扉に体当たりを繰り返していたようだけど、すぐに諦めたのか、耳障りな音は聞こえなくなった。
「クイーン! 大丈夫!?」
湖那があたしの体を支えながら、必死な表情で叫んだ。
「あはは、痛いよ。 すごく。」
「バカ 。 無茶して・・・」
痛みで泣きたいのはこっちなのに、先に湖那に涙を溢されてしまって始末が悪い。

「久院さん、保健室で手当てします。 わたくしと来て下さい。」
申し出たのは鳳だった。
初対面だからと言えば仕方ないけど、どことなく今までよそよそしい態度だった彼女が、何故?
「清良さん、潤里ちゃんちはお医者さんで、潤里ちゃん自身も応急手当くらいならできるわ。 探索は私達に
任せて、しばらく休んでて。」
優緒ちゃんも心配そうにあたしを見つめながら、声を掛けてきた。

馴染みの無い鳳と二人になるのは場が持たなそうな気がしたけど、背に腹はかえられない。
「そう、だね。 ごめん、鳳、頼んでいいかな。」
観念して告げるあたしに、鳳は真剣な表情で頷いた。
「もちろんです。 みんな、じゃぁ、気を付けてね。」
「うん。 ジュリちゃん、クイーンの事、よろしく・・・」
ズキンズキンと痛む傷口を庇いながら、あたしは鳳の肩を借りて保健室へ向かう事になった。

「さっき、見えてましたけど、どうしてロミオを庇ったんですか?」
一瞬誤魔化そうかとも思ったけど、至近距離で問い詰められて良い案が出て来なかった。
「わかんない。 なんかそうしてた。」
浮かんだ苦笑は、痛みでただ顔が歪んでしまっただけになってしまったらしく、鳳が顔を顰めた。
「久院さんって、胆の据わった人なんですね。 ちょっと意外でした。」
発言の真意が読み取れず、あたしは表情だけで続きを促す。
「東京から来たって聞いてたから、もっとクールって言うかドライな人だと思ってたんですけど、実は
思い遣りがあって、優しい人なんだなって。」

「買い被り過ぎだよ。 おだてたって、今は血ぐらいしか出ない。」
保健室のドアを開けながら、あたしは顔を逸らしてそう呟いた。
もしかしたら、ドアがスライドする音で鳳には聞こえなかったかもしれない。
何故なら、鳳からは返事が返ってこなかったから。

・・・知った風な事を。
痛みが強く感じてきたのは、動いたから傷口が拡がってきたせいだと、思う事にした。

「さぁ、傷を見ますから、横になって待ってて下さい。 必要な器具を持って来ます。」
2台あるベッドの手前側にあたしを降ろし、鳳はパタパタと薬棚へ向かった。

ふぅ、まさかこんな目に遭うなんて。
清潔なベッドに横たわると、どっとこれまで押し止めていた気負いが襲い掛かってくる。
あの3人は、大丈夫だろうか。
確か図書館も『七不思議』の舞台の一つだって言ってたし、まだ何かいるのかもしれない。
図書委員の安否や、そもそもこの事件の真相も気になる。
もちろん、あたし達が居合わせたのは偶然だけど、この怪奇現象自体は偶然起こっているものなのだろうか。

「久院さん、お待たせしました。」
救急箱や、いくつかの物が入った籠を持って戻ってきた鳳に、あたしは提案する。
「鳳。 隣に守口先生がいるんだけど、ひどい状態なんだ。 あたしより先に診てあげてもらえるかな。」
・・・先生が意識を取り戻せば、何か聞けるかもしれない。
その可能性に賭ける価値が、先生には充分あると思ったから。

校門の怪物の事を連想させてしまったのか、鳳は一瞬顔を強張らせたものの、力強く頷いた。

 

 

 

 

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